地域住民×学校教育「コミュニティ・スクール」が生む変化|長野大学・早坂淳教授に学ぶ

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国内外の学会で活躍している長野大学社会福祉学部社会福祉学科教授の早坂淳さん。教育方法学を専門として、地域と学校の連携・協働による教育が持つ可能性について研究を行っています。今回、早坂さんとプランノーツ代表・タカハシノリアキさんが、最近注目されている「コミュニティ・スクール」をテーマに対談を行いました。学校に地域住民が入ることで生まれる“変化”とはどんなものでしょうか?

※本記事は、2024年3月21日にVoicyチャンネル「『働く』の価値を上げるスキルアップラジオ」で放送した『学びのゼミナール #6:「コミュニティ・スクール」とそのワクワクする未来』の内容から執筆しました。

<早坂 淳さん>
長野大学 社会福祉学部 社会福祉学科教授。専門は教育方法学。勤務校の長野大学では教員養成に携わりながら、長野県コミュニティスクール・アドバイザーとして長野県内の地域や学校を対象に年間60本ほどの講演や研修会を担当している。Xのアカウントはこちら。

大人とは「自己決定を経て、主体的に幸せをつかめる人」

タカハシ 早坂さんの研究分野はどういう内容なのでしょうか?

早坂 今の研究テーマは「日本人が大人になっていくプロセスの解明」です。地域と学校をフィールドに、日本人がいつどの場面でどんな経緯で大人になるのか考えるという研究で、秋にはマンチェスターの国際学会で発表する予定です。

タカハシ 「大人になる」という言葉には、いろんな意味合いがあると思います。早坂さんにとって「大人」の定義は何でしょう?

早坂 「自己決定する力を持ち、周囲との関係性の中で、自分の幸せを主体的につかめる人」だと考えています。幸せに生きたいと願うのは、人間として誰しも同じですよね。私は幸せには「自己決定」と「つながり」のどちらもが欠かせないと考えています。でも私たちは生きていると「つながり」の中で「自己決定」をあきらめたり妥協したりしなければならない時も多い。この2つをぶつかり合わせるのではなく、うまく生かし合っていくことが大事だと考えています。

早坂 淳さん
長野大学 社会福祉学部 社会福祉学科 教授
早坂 淳さん
長野大学 社会福祉学部 社会福祉学科 教授

タカハシ 生活の中で、自分自身に決定権がないことばかりだと、幸せを実感しにくいですね。ただ、自己決定する力を育むのは難しいです。

早坂 毎日、たくさんのタスクに時間と気力を奪われているのが一因だと考えています。それから、日本ではいまだに「家庭と職場」という狭い世界で生きている人が多いのも関係あるのではないでしょうか。

家庭と職場は、あまり大きな変化が起きない環境。その往復を繰り返すうちに、自分の居場所を自分で選び取る発想からだんだん遠ざかっていきます。自分とは違う価値観やアイデアを持つ人と出会ったり、新しい視点を知ったりする機会を、意識的につくれるといいのですが。

また、学校教育にも課題がありますね。画一的な教育を受け続けると、受動的な姿勢が刷り込まれてしまう。規定のカリキュラムで知識を身に着けることももちろん大事ですが、その繰り返しだけでは、自己決定する力を身につけようがありません。

タカハシ 企業の人材育成も似た状況です。決められた新人研修を経て、会社が決めた配属に従い、上から割り振られた担当業務をこなすだけ。それでは本質的な力もやりがいも得にくいですよね。できるだけ若いうちから、権限と責任を持てたらいいと思います。

全国で52%超の公立学校が「コミュニティ・スクール」を設置

ノンプロ研(ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会)主宰
タカハシノリアキさん
タカハシノリアキさん
ノンプロ研(ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会)主宰

タカハシ 家庭でも職場でもない、居心地のいい場所を「サードプレイス」といいます。例えば地域コミュニティやボランティア団体、NPOなどですね。サードプレイスこそ新しい視点や価値観を得られて刺激的ですが、活用している人はまだ少ないです。

早坂 それでいうと最近、全国の「学校」で変化が起きつつあります。その舞台は「コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)」。教員と地域住民などの学校外の人材が子どもにとって最適な教育とは何かについて熟議(熟慮と協議)する場を学校運営協議会と呼び、この学校運営協議会を設置した学校をコミュニティ・スクールと呼びます。PTAなどとの大きな違いは、協議会は単なる話し合いの場ではなく「教育の在り方をともに決める場」であるということです。この意思決定を可能にするために、協議会の委員にはPTAにはないさまざまな法的権限も与えられています。全国には子どもたちが協議会の場に参加するケースもあります。

協議会では、学校の教育理念や運営方針を軸に、子どもたちをどうやって育てていくか、教員と地域住民が膝を突き合わせて熟議します。最初は手探りでも、一度議論が動き出すとメンバーの中に使命感が生まれ、モチベーションに火が付く。やがて、どんどん意見が出る活発な場になります。

協議会の設置は教育委員会の努力義務で、全国で進んでいる最中です。さかのぼると、2017年にあった教育関連の法改正がきっかけでした。今では、文部科学省に加え、経済産業省や総務省も関わって、縦割り行政を超えた取り組みになりつつあります。

タカハシ 法改正から7年超の時を経て、いよいよ学校に変化が生まれてきたんですね。

早坂 もちろん、法改正の後すぐに現場が一変するわけではありません。まずは一部の学校が変わり、だんだんその輪が広がって、変化が全国に波及してきました。

実際に全国の公立学校のうち、52.3%にあたる18,135校が協議会を設置しています(※)。一般的に、少数派が全体の3割を超えると一定の影響力を持つようになる(黄金の3割理論)といわれます。私の肌感覚でも確かに、協議会がだいぶ広まってきた感じがあります。

※出典:文部科学省「令和5年度 コミュニティ・スクール及び地域学校協働活動実施状況調査」

地域住民と教員の関係性が生まれ、深まっていく

タカハシ 教員と地域住民は、ほとんど関係性がないケースが多いですよね。一緒に議論するコミュニティをつくるのは、ハードルが高そうです。

早坂 そうですね。お互いに、相手がどんな人たちかわからない状態から始まるので、ハードルは確かに高いです。教員は「地域住民とはとにかく穏やかに、和やかな関係でありたい」と、地域住民は「教育は学校と保護者の仕事で、自分たちには関係ない」と考えがちですね。

ただ、協議会で中長期的に交流して同じ時間を過ごすうちに、コミュニケーションの量も質も増え、参加することの「負担感」が「充実感」に変わっていく。その過程と実例をいくつも目撃できるので、いち研究者としても非常にやりがいのある現場です。

タカハシ 地域住民は、家庭や職場とは違う環境で、いろんな価値観を持つ人たちとコミュニティをつくっていく。その作業には、独自の難しさとおもしろさがあるでしょうし、協議会というサードプレイスを持つこと自体が1つの挑戦になりそうですね。

長野大学社会福祉学部社会福祉学科教授の早坂淳さん

タカハシ 教員の側には、どんな変化がありますか?

早坂 見知らぬ他人だった地域住民が、「相談できる相手」「一緒に学校の未来を考えてくれる仲間」に変わっていきます。例えば、地元の歴史や文化はいい教材ですが、異動で新しく赴任してきた教員は深く知らないことが多いです。詳しい地域住民に教わって授業に生かしたいと思っても、住民との関係性がなければできません。

でも、協議会があれば、自然に地域住民との関係性が生まれます。地域住民の力を借りて、授業の選択肢が増えることもあるでしょう。すでに協議会を導入している学校にアンケートを取ると、「協議会によって、学校と地域住民の関係性が変わった」という声が多く挙がります。

タカハシ メンバーみんなにメリットがありますね。こうした協議会の可能性が、もっと認知されるといいですよね。

早坂 とにかく教員と地域住民のコラボレーションで、新しいアイデアが生まれることが大事。協議会を通して、教育現場を取り巻く人間関係が質量ともに向上していったらと考えています。

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この記事を書いた人

さくらもえ

出版社の広告ディレクターとして働く、ノンプログラマー。趣味はJリーグ観戦。仙台の街と人が大好き。