イムス富士見総合病院「変化を恐れない、学び続ける組織に」医療スタッフたちを変えた、越境学習の面白さ

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埼玉県富士見市のイムス富士見総合病院では、院長の鈴木義隆さんをはじめ複数のメンバーが、未経験からプログラミングに挑戦中です。一見、まったく違う世界にある「病院」と「プログラミング」。医療現場の第一線で働くスタッフたちが、日々プログラミングを学ぶ理由とはーー。聞くと「病院の外で“越境学習”をすることが、組織課題の解決策になりつつある」(鈴木さん)そう。その中身について、実際に参加しているメンバーの一人・今泉良大さんも交え、お話を聞きました。

<イムス富士見総合病院>
埼玉県富士見市に位置する、地域包括ケアを担う総合病院。医師含む職員・スタッフは約800名、一般病床は341床と大規模である。0歳代の小児患者から高齢者まで、さまざまなステージにいる患者に対して、質の高い医療を提供している。

今回、取材に応じてくれたのはこのお2人。
・鈴木義隆さん:院長。「組織全体の課題を認識し、目標達成に向けて全体を統括する立場です」
・今泉良大さん:放射線技師。「X線(レントゲン)写真の撮影や画像提供を行っています」

医療業界では今、大きな変化が起きている

――イムス富士見総合病院では、もともとどんな課題を抱えていたのでしょうか。

鈴木 スタッフがみんな多忙で、業務を改善したり新しいことに取り組んだりするという発想が生まれてこなかったことです。私たち医療の専門職は、国家試験を受けて資格を取り病院に入ったら、後はひたすらOJTを回す毎日。目の前の患者さんに必要な医療を実践していれば、自然と高い技術を身につけていけます。ただ、それだけではいずれ「できることはたくさんあるが、やるべきことがわからない」という状況に陥ってしまうだろうと危惧していました。逆に、この課題を乗り越えられれば、組織として進化できるとも思いました。

今泉 「病気を治す」という仕事に真剣に向き合って、日々忙しいのは確か。一方で、今医療の世界はいろいろな変化が起きています。現場にも、「私たちも変わらないといけない!」という意識はありました。

鈴木 医療の変化とは、現場がより複雑になってきているということです。医療は、担当医師と患者さんだけではなく、いろいろなスタッフが関わって成り立っています。例えば1回の手術でも、担当医のほかに麻酔科医やオペナース(手術室に勤務する看護師)、医療機器のスペシャリストである臨床工学技士、診療放射線技師などが関わります。加えて最近は、患者さんの生活全体に向き合うため、管理栄養士やケアマネージャー、行政の方、ソーシャルワーカー(生活相談員)の皆さんと連携するようになってきました。この潮流についていかないと、質のいい医療を提供できなくなってしまいます。

――医療現場は今大きな変革期にあるんですね。そして、どういうふうにプログラミングへの興味が生まれたのでしょうか?

鈴木 スタッフが口をそろえて言う「時間がない」問題を解決しようと決意したことがきっかけです。まずは私が、エクセルに入ったデータを自動集計することから始めました。超初心者向けの本を買って、見様見真似でやってみたら意外とできたんです。これをフル活用すれば、事務作業を減らせて、時間を生み出せるんじゃないかとワクワクしました。でも、私が頑張ってこうした機能を作っても、スタッフたちにはあまり広がらなかった。便利なのになぜ? と考えた末、「すべて私の自己流で作った機能だったから」だと気づきました。スキル院内に広めるためには、体系的なスキルを身に付ける必要があると思い、リサーチして「ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会」(通称、ノンプロ研)にたどり着いたというわけです。

「総合病院の院長」から「等身大の自分」に戻れた気がした

イムス富士見総合病院「変化を恐れない、学び続ける組織に」医療スタッフたちを変えた、越境学習の面白さ
院長の鈴木さん。ノンプロ研で、新しい経験をたくさんされているそう!

――いざノンプロ研に入ってみて、どうでしたか?

鈴木 初心者の立場で参加し、等身大の自分に戻れた気がして新鮮でした。周りの人たちには、それまで思いつきもしなかった発想や考え方をたくさん教えてもらいましたよ。例えば順序立ててわかりやすく文章を書くこと、それを人に伝えるということ。みんな、通信業界やマーケティング業界、webメディア業界など業種も職種もバラバラで、世の中はこうやって成り立っているのだと改めて感じましたね。コロナ前でしたので、会議室に集まって勉強して。その後飲みに行くこともあり、世界がぐっと広がりました。

――鈴木さんに続き、今泉さんがノンプロ研に加入されたのはどうしてですか?

鈴木 ノンプロ研を100%エンジョイしていた私ですが、私だけがスキルを得ても、病院には広がらないままだと気づきました。院内に仲間を増やしてプログラミングを浸透させたいと思ったのが、越境学習プロジェクトに参加したきっかけです。また僕自身がそうだったように、熱量の高い人たちに囲まれることで、工夫したり新ししい価値を生み出すという、仕事の本質にも目が向くのではないかと考えました。それで声をかけたのが、今泉さん含む3名のスタッフだったんです。

今泉 当時は「院長がパソコン教室に通ってる」くらいの印象でした(笑)。ただ、院内には当時、日常業務以上のことに挑戦する文化がなく。業務改善もあまり行われていない状況に少し違和感を覚え、「現状を変えたい」と思ってはいたんです。そんな中で院長にお誘いいただいたので、プログラミングの基礎も知らないまま、大船に乗った気持ちでついていきました。

仲間が一緒だと、勉強もはかどります!

――プログラミングは、いかがでしたか。

今泉 とりあえずGASの初級講座を受けたところ、3日目にやった「関数」が何一つ理解できなくて(笑)。挫折しかけましたが、鈴木さんが諦めずに引っ張りあげてくれたので、なんとか復帰しました。僕一人では、到底成し遂げられなかったと思います。

――プログラミングのスキル以外に、身に付けられたことはありますか?

今泉 考える癖つき、乏しかった発想力が鍛えられました。疑問があれば「これはこうだから、こう調べよう」と手が動くようになりましたね。それから、皆さんの前のめりな姿勢にも学ばされてばかりです。困っている人やつまづいている人に対する、手の差し伸べ方も勉強になりました。正解を教えるのでなく、その方向に導くという……僕もそうなりたいと思います。

鈴木 今泉さんは今、ノンプロ研の運営メンバーでもあります。定例会の開催や仕切りを担当していますが、病院ではできない起用法。今泉さんの潜在能力がノンプロ研でうまく引き出された、すばらしい機会でした。これをきっかけに今泉さんは、先日「医学物理士」の資格を取るという新しい目標を立てました。日本に1400人くらいしかいない、とても難易度が高い資格です。

少し前までは、とても考えられなかった現象が起きている

業務と離れた会話が生まれるのも、越境学習のいいところ。中央:今泉さん

――今泉さん以外の方もいて、複数の部署から参加されているんですね。ほかの方々についても手応えを感じていらっしゃいますか?

鈴木 現在、越境学習プロジェクトの参加者は4人いて、看護師が1人、リハビリテーション科の作業療法士が1人、放射線科のスタッフが2人。全員、各部門のトップに立って組織の将来を考える、マネージャークラスのスタッフです。私が圧倒されたのは、4人の、積極的に新しいことを学ぶ姿勢です。みんな忙しい中、プログラミングの勉強方法はもちろん、時間の捻出の仕方も考えて各自で工夫するようになったのがいちばんの収穫ですね。とくにリハビリテーション科は残業がとても多かったのですが、これを機に働き方全体を見直しました。

――具体的なアウトプットは生まれているのでしょうか。

鈴木 異職種であるリハビリ科と看護科のすべての業務をまとめ、1つの組織横断的な業務フローに落とし込みました。これで無駄な作業がなくなったうえ、データを扱いやすくなりました。当院でも初めてで、画期的なことです! 属人化している業務を組織で共有するのは、業務効率化や質向上の第一歩。それをすべて、現場のスタッフが実行していることを誇りに思っています。

今泉 鈴木さんと僕で、会議の議事録の作成や自動配信、業務の可視化シートなどを作りました。「プログラミングを使って作りました!」と発表したところ、成果としてわかりやすかったからか、越境学習のハードルが下がったようでした。後輩たちも、先輩を真似して勉強したいと言うようになり、以前とは院内の雰囲気がだいぶ変わってきたと感じます。

鈴木 そういう先輩の姿をみて「自分もやりたい!」と手を挙げる部下が出てきたことにも驚かされました。少し前までは考えられなかった現象が起きています。

――通常業務と並行してノンプロ研でのご活動があるわけですが、うまく消化するために工夫されていることはありますか?

鈴木 日に○時間、週に○時間と具体的な目標を決めること、そして早起きして朝の時間帯に勉強することです! 復習は、昼間のちょっとした空き時間に。仲間がいれば、終業後に一緒に勉強するのがいいかもしれませんね。

――今後の目標を教えてください!

鈴木 ノンプロ研での越境学習のすばらしさを身に染みて感じていますので、このまま続けていきたいです。今はまだ、道半ば。自分で課題を見つけて解決策を考え実行する、勉強し続ける集団になれれば、もう一皮剥けた組織になれると信じています!

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この記事を書いた人

さくらもえ

出版社の広告ディレクターとして働く、ノンプログラマー。趣味はJリーグ観戦。仙台の街と人が大好き。