66歳のノンプログラマー・桐原宏さんが「小学校のICTボランティア」に見つけた、熱いやりがい

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200人超の大所帯、ノンプロ研(ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会)で最年長の桐原宏さん。66歳になり、定年まで勤め上げた某タイヤグループの高圧ホース製造会社を退職した今、熱を傾けているのが「小学校のICTボランティア」です。埼玉県久喜市立久喜小学校を舞台に広がる、桐原さんの活躍について聞きました。

児童一人ひとりのデータを記録、自動集計の仕組みを構築

――桐原さんが、久喜小学校でICTボランティアを始めたのはなぜでしょうか?

2021年3月に会社を定年退職してから、「こども食堂」の支援に興味があり、イベントに参加していました。そこで当時の久喜小学校の校長先生と出会い、ICTボランティアの話をいただいたのが始まりです。

文部科学省が2019年に打ち出した「GIGAスクール構想」に基づいて、2021年4月に久喜市内の全校児童生徒全員にChromebookが配布され、教育現場が対応に迫られていました。逆に言えば、現場の熱意によってさまざまな挑戦ができる時期。私なりに貢献できたらと思い、参加を決めました。

――今まで1年半ほど、どんなことに取り組まれてきたのでしょうか?

成果としては大きく2つあって、まずは「スタミナ貯金走ビッグデータ」。シャトルラン(スタミナ貯金走)形式で行った全校イベントで、児童一人ひとりの記録を集計、全校分を自動集計できるというものです。QRスキャナーを使って、1人ずつに付与した6桁コードと、成績の数字を取り込むことで、データを蓄積するシステムを構築しました。

私は会社でQRスキャナーを日常的に使い、活用や分析もしていましたので、このアイデアが生まれたのは自然なことだったと思います。構想段階から先生の要望をヒアリングし、機能を追加しながら作りあげていきました。最終的に全校児童約500名のデータ合計1,963件を収集でき、成功だったと思います!

児童が持ついろいろな記録は、校内では基本的に単年度しか維持されず、年度が変われば揮発していく存在です。でも、今回セキュリティ面を考慮し付与した6桁コードは6年間変わりませんから、学年やクラスが変わっても、1人の児童の6年間の成績の変化を追えるメリットがあります。今年度はChromebookのカメラをスキャナーとして利用し、複数のデータを連続で読み取って、リアルタイムでデータを活用する仕組みをつくっています。毎日多忙な先生たちの時短になればうれしいですね。

前向きに、新しいことに挑戦できることがうれしい

「私も、作文が苦手な子どもでした。作文の「芽」が、同じような子どもたちの助けになっていたらうれしいです」(桐原さん)

――もう1つの取り組みは、どんなものでしょう?

作文推敲アプリ「作文の『芽』」の制作です。作文の書き方をフレームワーク化して、作文に苦手意識を持っている児童でも自然に文章を書けるようなアプリを作りたいと考えました。具体的には、Google フォームでいくつかの質問を設定し、児童にはそれに短文で回答してもらう。回答を組み合わせると、自然に作文ができあがるというものです。

順調に開発が進み、現在では、最大2,000文字(原稿用紙5枚分)までは自動で縦書きの原稿用紙風PDFを作成できる機能もつけました。独自性が強いツールだと自負しています。

今テスト中のものには、「デジタル振り返りシート」を作っています。授業の開始時と終了時に、児童一人ひとりに今の気持ちや状態、授業でどんなことを学び、何を理解したのか、自由に入力してもらうというものです。回答はすでに4,000件を超えました!

――桐原さんは、いわば外部の人材。久喜小学校の方々は、アイデアにどう反応されたのでしょうか?

皆さん前向きに受け止めてくれて、共に新しいものをつくり上げていける環境があります。久喜小学校は今年創立150周年と長い歴史を持ち、多くのボランティアに支えられ自由度の高いカリキュラムを実践できる土壌があるんです。例えば2021年9月から、学校教育目標「イノベーション力」(予測困難な未来が来ても、それを乗り越えるために必要な力)に基づいて、6年生を対象に「最高の自分を探求する」プロジェクトが行われています。これは、児童が自分自身と向き合い、「これが最高の自分だ!」と考えた内容について作文し、動画を撮るというもの。私も参加させてもらい、児童の探求に付き添い、時には助言するなどの支援をしました。卒業式ではダイジェスト動画を放映したところ、とても盛り上がりました。

私はほかにも、久喜小学校の元PTA副会長の紹介で「久喜ロボットクラブ」にも参加しています。なんでもやってみたいという私の性分にぴったり合った、活動の場を与えてもらったと感じています。

こぼれ落ちる人に手を差し伸べるシステムをつくりたい

久喜小学校で行われた、久喜市放課後子ども教室の「ロボットをつくろう」プロジェクト。みんな真剣!

――桐原さんがプログラミングやITに興味を持つようになったきっかけは、何だったのでしょうか?

1980年代初頭、当時勤めていた高圧ホース製造会社で、今でいうIT部門に配属されたのが始まりです。1から会社のシステムを構築してITの面白さを知ったことを、なつかしく思い出します。それから、遠隔地の工場や本社、支店、営業所を自らオンラインでつなげることやセキュリティ周りなど、興味が向くままに勉強していきました。

システム構築に当たり苦労したのが、システム運用の定着です。ITリテラシーのあるメンバーは自然にキャッチアップしてくれますが、そうでない人もいる。私は、こぼれ落ちる人に手を差し伸べられるようなシステムをつくりたい! という考えで運営していました。また、ついてこられない人が何にひっかかっているのか? という点に興味があり、問題を根本から解決したときには達成感がありました。

現在、学校でのボランティアも、ITスキルの習得が遅れがちな児童も含めてフォローしたいという気持ちで向かっています。この気持ちはずっと変わらず、私の根底にあります。

――業務の中で、日常的にITを活用されてきたんですね。

はい。さらに社外活動として2017年から、アカシック研鑚会というコミュニティの運営メンバーをしていました。これはスピリチュアルな能力を研鑽する120人ほどの集まりで、毎回参加者を募って練習会をするのですが、事務作業がととても煩雑で……。

Googleフォームを使って練習の参加者全員のマトリクスをつくり、重複しないように1対1の組み合わせを複数作るという作業。サービス向上のためにもGASを有効活用できないかと考えていたときに出会ったのが、高橋さんのブログ「いつも隣にITのお仕事」(隣IT)でした。

隣ITの記事は、勘違いする余地がないほど細かく正確に書かれており、初心者も安心して読めるなと感心しましたね。そして、隣ITを読んだ流れでノンプロ研の存在を知りました。

高橋さんは、目先の利益追求ではなく、一人ひとりのノウハウ向上、生産性向上が目的だと明言しています。その理念に感動して、ノンプロ研入会を決めたのが2019年2月のこと。ちょうど始まったばかりだった、VBA講座とGAS講座を受けました。

ノンプロ研の運営は、「ガラス張りでとことんクリア」

久喜小学校の情報教育主任・竹下先生(左)と桐原さん(右)。ICT教育について、議論は尽きません。

――ノンプロ研に入ってみて、印象はいかがでしたか?

「ノンプロ」というネーミングから初心者のコミュニティかと思っていましたが、セミプロレベルの方が多く驚きました(笑)。皆さん学習へのモチベーションが高く、会話のスピードが早い。質問すれば誰かが即座に答えてくれるし、新しい取り組みが始まると、熱意ある人がさっと集まって話を進めていく。

多様な人がいることが面白さにつながっているし、得意なジャンルや分野が違うから互いにカバーし合える。ノンプロ研が、組織として強い理由の1つだと思います。懇親会に参加して、みんなの雰囲気を感じるだけでもモチベーションが上がり、エネルギーが湧きます!

さらに、運営が徹底的に「ガラス張り」になっている仕組みもすばらしいと思います。ものごとが決定されるときはオープンな場で決まるから、納得感がある。外部の方が参加できる発表会もあり、とことんクリアな運営です。一般企業ではなかなか考えられない環境だなと感じます。

――講座を受けて、どんな収穫がありましたか?

いちばんの収穫は、自分が実現したいことに対して何をどう取り組めばいいのか、テキストや公式ドキュメントを見ながら組み立てられるようになったことです。ノンプロ研の講座のテキストはとても完成度が高く、今でもよく見返しています。

また2021年からは、ノンプロ研での経験を生かして、IBMが開催している「ナレッジモール研究」に参加しています。業種も職種も異なる5、6人でワーキンググループを組み、研究活動を行うというもの。2022年のテーマは「ITを活用した教育機会の格差是正」。11月に成果の発表があり、楽しみにしています!

最近は、動画撮影・編集の経験を生かしてYouTube動画編集チームリーダーを務めています。ノンプロ研の中で、私なりの価値を提供できてうれしいですね。

会社人間だった私が、たった5年で様変わりした

今年度から着任された久喜小学校の青山里美校長(右)。前校長に引き続き、桐原さん(左)のICTボランティア活動を後押ししてくださっています!

――久喜小学校や久喜ロボットクラブ、そしてノンプロ研でも越境学習を体現されている桐原さん。

5年前の自分を思い返せば、いわゆる“会社人間”でした。それが、この5年で様変わり。今では、教育に関わる方々やノンプロ研のみなさんなど、たくさんの方々との関係性の中で生きています。教育業界に身を置いていたわけでもない私が、これほど深く小学校に関われるなんて夢にも思っていませんでしたし、経験や知識の幅が広がっていく感覚が何よりも楽しいです。まさにこれが、今注目されている「リスキリング」、大人の学び直しですね。

ちなみに、アカシックリーディングで以前「僕が本当にやりたいことは何なのか?」を探求して出した結論が「子どもの教育」でした。なりたい自分に向かって、次々と実現していくのが楽しいですね(笑)。

――桐原さんが思い描く、将来像はありますか?

もっと広い範囲でボランティアの成果を出せるよう、組織的な手法を探りたいです。今ようやく、教育現場の課題や全体像が見えてきたところ。例えば、学校の組織は単年度でリセットされてしまうことが多く、もったいないと感じます。その改善に向けて、私なりに力を尽くしていきたいです!

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この記事を書いた人

さくらもえ

出版社の広告ディレクターとして働く、ノンプログラマー。趣味はJリーグ観戦。仙台の街と人が大好き。