イムス富士見総合病院「越境学習で、組織が変わりつつある」確かな手応え

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イムス富士見総合病院

医療現場でDXをーー。そう考えて、ノンプロ研(ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会)の「越境学習プロジェクト」に参加しているイムス富士見総合病院。2023年は、病院のスローガンを「病院DX開始」と据え、さらなる飛躍を狙っています。2013年から同院の院長を務めている鈴木義隆さんに、手応えを聞きました。

チーム医療の時代に必要なのは「情報の集約」

ーー医療の最前線に立つみなさんが、今目指しているのはどんなことですか。

2つあって、「優秀な人材の確保・育成」「質のいい医療を効率的に提供すること」です。患者さんが病院を受診するという体験の質を上げ、この病院にかかってよかったと思ってもらうためにはどうしたらいいか、そのために何をすべきか。まずは、やるべきことを見つける段階から始まります。

英単語の「patient」には、「患者」に加えて「我慢強い」という意味もありますね。患者さんの多くは「病気が直ればそれでいい。嫌なことも我慢するから、早く治したい」という思いで受診します。そもそも病院には体験の質なんて期待されていない。われわれは毎日一生懸命やっていますが、どこかで患者さんに甘えているように思うんです。

ーーそれを変えるのが、病院の課題の1つなんですね。

はい。病院のコアである「診療」と、裏で支える「事務」の両面を改善するには、やっぱりDXが必要です。それでここ数年、Chromebookやタブレットなどデジタル端末を配置したり、Google Wordspaceを導入したりと取り組みを進めてきました。一般企業では標準的なことかもしれませんが、この業界では画期的です。

鈴木義隆さん
鈴木義隆さん

デジタル端末の配置1つとっても大きな意義がありました。会議は、参加者が必要なファイルに事前に目を通しておき、各自が必要な作業を終えてから始めるように。会議の場ではより密なディスカッションができるようになり、生産性が段違いになりました。内容もテキストに残せるので、場所や時間を超えた議論の広がりも生まれています。

ーーGoogle Wordspaceは、情報共有にも役立ちますね。

2022年3月から導入しています。例えばSpace(グループチャット)で職員がテーマごとに会話をしたり、カレンダーで院長の予定を開示したりしています。ファイルも、共有フォルダにアップするようになって、置き場所を探す手間が省けました。病院はスタッフの入れ替えが多い職場なので、とても便利です。

それから当院では、DXの第一歩として「テキストをベースとした組織コミュニケーション」を標準にしています。理由は3つあって、「業務の計画立案がしやすい」「チームで情報共有しやすい」「進捗管理ができる」です。昔は、患者さんの情報や治療方針は、医者と看護師だけが知っていればOKでした。今はそうではなく、薬剤師や管理栄養士、リハビリ担当、事務職などが組む「チーム医療」の時代。単に情報を共有するだけではなく、必要な情報を1箇所に集める「集約」が重要になっています。

疾病構造の変化や高齢化を背景に、1人の患者さんに関する情報量は、以前の4倍ほどに膨れ上がっています。データ取得には、標準とされる一般的なフォーマットと、当院独自のフォーマットの2種類が存在し、重複業務になっていました。断片的な情報では正しい判断ができませんから、データの重要性は日に日に高まっていると思います。

本質を知るためには「深化と探索」の両方が必要

ーー理想の医療を追究するにあたって、DXの課題はほかにもありますか?

残るは、人材育成です。病院のスタッフは全員が医療の専門職で、いわゆるDX人材ではありません。だからといって外部のDX人材を採用するのも現実的には難しいし、外部のコンサルティングを導入すれば多大なコストがかかります。DXの必要性は知っていても、「これをやろう!」と具体化するフェーズには進めていませんでした。

医療現場という特性も、原因の1つです。私たちの仕事は、「深化型」のOJTが基本です。先輩の教えに従って型を習得しながら、熟達に向けて専門性を高めていく。だから仕事が個人に閉じていて、専門性を深掘りするのは得意でも、組織全体の最適化は苦手なんです。隣のチームの業務は全然知らない……なんてこともザラです。でも、チーム医療の時代には、それでは足りません。

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(画像はイメージです)

課題とはそもそも、既存の枠組みの中で解決できないから課題になっているんです。応急処置はできても、「なぜこの課題が生まれたのか?」という本質は、枠組みを超えて初めて探ることができます。つまり、本質を知るためには、深化だけじゃなく「探索型」の思考も必要。自分が現在やっている範囲・できる範囲での挑戦だけでは、それを超えるものにチャレンジできなくなります。必要なのは「やれることではなく、やるべきことをやる」姿勢。それができなければ、結果的に患者さんの体験の質も下がってしまうという危機感がありました。

越境学習のすばらしい経験を、若い職員にも広げたい

ーーそうした意識のもと、「越境学習支援プロジェクト」を実施されました。

僕自身がたまたまノンプロ研に入り、第1期として職員5名と一緒に越境学習プロジェクトに参加しました。今回第2期を実施することに。職員を外部に派遣するなんて前例のないことでしたが、現場が前向きになれる活動だと感じて送り込みました。

ーー異例の取り組みとのことですが、決意した理由を教えてください。

いちばんは、僕自身が越境学習の中でいくつもの「目から鱗が落ちる」経験をしたので、若い職員ならもっと柔軟に、新しいことを吸収してくれるだろうと考えたことです。組織としても、個人の学習をバックアップする方法論を学べたらと思いました。1人でスキルを上げても限界があって、職場で展開できず趣味の世界で終わってしまうので、組織全体でサポートしていく必要があります。

もう1つは、コストの低さです。当院の、令和4年度のDX関連費用は500万円です。デバイス代やGWS代、問診アプリ代などが含まれる中、越境学習のコストは60万円ほど。値段を聞いたとき、0が1つ足りないのではないかとびっくりしました(笑)。コストを抑えながら確実な成果を出せる。これはノンプロ研だからこそのメリットだと思いますが、病院という利益率の低い組織にとって極めて魅力的です。

「経営・管理職・現場」それぞれに大きな成果が

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ーー越境学習プロジェクトで得られた成果を教えてください。

経営者としては、管理職層を信頼して任せることの価値に改めて気づきました。コロナ対策のように一刻を争う場合は「これでいく!」とトップダウンで即決するのがいいと思いますが、そうでないものは時間をかけて判断してもいいと思います。実際、陪審定理といって、判断能力のある人たちの多数決なら、人数が多いほど正しい結果が出るという定理もあるそうです。とにかく、職員に任せて損することはないなと。

今回越境学習に挑戦した吉田さんや戸田さんは、部下に影響を与える立場にいます。組織としても、そうした立場の人間が自ら挑戦したこと自体に大きな価値がありますし、本人たちも手応えを感じているようです。さらに現場レベルでいえば、GASを学んだことで作業効率がぐっと上がりました。複数の担当が並行して情報を入力し、その膨大なデータを1箇所に集約できるようになったのは大きい。紙では絶対に実現できなかったことです。

ーー病院の一部では、葛藤もあったと聞きました。

越境学習で得た成果を病院でも展開しようとしたところ、一部の管理職層からものすごい反発があって。いっときは”一触即発”状態になりました。ネガティブな意見が出ると意欲が冷却されたり、勢いが弱まってしまったりしますが、逆に批判的な視点がなければ、一方向に突っ走ってしまいかねません。批判にこそ本質があると思います。

吉田さんや戸田さんの奮闘の末、今は管理職の態度も変わりました。「病院にありがちな自前主義を脱して、外の世界を見てみよう、理解しよう」という僕たちの狙いは伝わったと感じています。「私たちがデジタルを学ぶ必要はない、プロに任せればいい」と言っていた人も、越境学習の成果を見た瞬間「こんなツールを作ってほしい!」と言うようになりました(笑)。

大袈裟じゃなく、病院が次のステージに向かっている

ーー自分が挑戦するのは腰が引けるものの、実は興味を持っている人もいますね。

はい、潜在層は多いはずです。越境学習者は、自分が得たものを組織に広げなければいけません。できる範囲でやればいい、と言って同じエリアにとどまっているとジリ貧になっていく。危険を承知で、新しい危険地帯に行かないと新しい果実は得られない。このことを認識できたのは大きな成果ですし、コミュニティの力って本当にすごいものだと感じました。ノンプロ研に出会っていなかったら、今頃どうなっていたか考えると怖いです(笑)。

ーーこれからの展開について、お考えのことを教えてください。

今後も投資を継続する予定で、第3期はすでに4人の参加が決まっています。戸田さんや吉田さんの活躍を、次世代や他部署の職員が見ていて、興味を持ってくれたのだろうと思います。病院としては、壁に立ち向かうモチベーションを持った人材が1人でも育ったら大成功。大袈裟じゃなく、病院が次のステージに行けると思います。

ただ、葛藤の本質がどこにあるのか、まだすべてを明らかにできていません。真の根幹を追究して、「治療」というコアドメインに影響を及ぼせるようにしていきたいです。それから、これまでは私が職員に「やろう!」と声をかけてきましたが、これからは現場からボトムアップで上がるようになったらいいなと思います。次のステージに行けるだろうという手応えはあるので、期待しています。

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この記事を書いた人

さくらもえ

出版社の広告ディレクターとして働く、ノンプログラマー。趣味はJリーグ観戦。仙台の街と人が大好き。