安全かつ効率のいい建設現場へ。DAチャレンジャーズが開発「デジタル逃げ棒」の意義

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ファンテック常務取締役の加藤さんと測建代表取締役の齋藤実さん

アナログが強く残る建設業界を変えようと立ち上がった、ファンテック専務取締役の加藤さんと測建代表取締役の齋藤実さん。新会社を設立して開発に着手、試行錯誤の末に世に送り出した商品が、杭打ち工事の精度を上げる「デジタル逃げ棒」です。2人はどうやって開発を成し遂げたのか、そのストーリーを伺いました。

右:加藤直史さん ファンテック 常務取締役
左:齋藤実さん 測建 代表取締役
右:加藤直史さん ファンテック 専務取締役
左:齋藤実さん 測建 代表取締役
<ファンテック社>
基礎工事全般を手がけ、主に杭基礎工事の施工と施工管理を提供している。1976年に加藤産業株式会社として設立以降、関西・中四国圏を中心に、有名テーマパークから文化・商業施設、工場、学校など幅広い案件に対応。業務には、建築設計関連も含めた高度かつニッチな知識、ノウハウが求められる。関連会社に三国産業株式会社(販売店)がある。

<測建社>
1997年創業。「安心できる 全ての人が」を理念に、測量という観点から、長年建設現場を支えてきた。その高い技術力が評価され、全国の大手ゼネコンの現場で数多く導入されているほか、国土交通省の新技術情報提供システム「NETIS」にも登録されている。

大手メーカーが作らない「デジタル逃げ棒」を着想

ーー杭打ち工事の精度について課題があったというお二人。新しいツール「デジタル逃げ棒」の開発経緯について教えてください。

齋藤 業界の知人にも相談したところ、PM工法の機材は機能性が高すぎるのがネックなので、「処理を自動化して、誰でも扱えるようにブラッシュアップしよう」というアイデアが出ました。

加藤 「これは大きいビジネスになるぞ!」と盛り上がったね。でも、それが出来上がったところで、結局は現場で誰かが操作する必要がある。つまり、人手不足の解決にはならないんですよ。人がいない問題を、人を使ってなんとかしようとしても意味がないんです(笑)。

齋藤 理想は「無人」。つまり、GPSやレーザーで杭の位置を計測して、そのデータをリアルタイムで重機のオペレーターに送れば、ズレを修正しながら正確に杭を打てます。測る方法を棒からレーザーに変えた「デジタル逃げ棒」にたどり着いたという経緯です。

加藤 実は、デジタル逃げ棒の素案は、数年前から僕の頭の中にありました。ボタン1つで誰でも簡単に測量できるツールがあれば、絶対現場の役に立ちますから、そのうち大手メーカーが作ってくれるだろうと思っていたんですが……いつまでたっても売り出されない(笑)。大手メーカーは汎用的な商品にする必要があるので、ニッチすぎる市場では採算が取れないんでしょうね。だったら、僕たちが作ろうと思ったんです。

デジタル逃げ棒に辿り着くまで交わした、激論の跡。

齋藤 でも、具体的にどうすれば作れるのか全然わからなくて。とりあえず測量機の修理会社をやっている知人に相談したところ「レーザープロファイラーという機械を使えば、精度高く杭打ちするツールを作れるよ」と提案してもらって。

どうせならGPSも入れよう、こんな商品にしたいね、とどんどん夢が膨らんでいきました。そして2022年1月、ついにファンテックと測建が出資して新会社「DAチャレンジャーズ」を設立。本格的に、デジタル逃げ棒の開発に向けて動いていこうと決意しました!

加藤 DAチャレンジャーズの設立にあたって、ファンテック社内を説得するのも苦労しました(笑)。新事業を始めるハードルの高さを、改めて実感しましたね。1カ月交渉の末、無事に許可が下りた時はホッとしました。僕たちの挑戦を応援してくれる人や親身になってくれる人が何人もいて、心強く思いました!

ノンプロ研で学んだからこそ生まれたアイデア

ーーもともと加藤さんが考えていたというデジタル逃げ棒。建設現場にデジタルを生かす発想は、どこからきたのでしょう?

加藤 僕は数年前からノンプロ研(ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会)に入って、プログラミングを勉強しています。デジタルの力で仕事を効率化、省人化するという発想は、完全にノンプロ研で学んだものです。

僕はノンプロ研で、これまで何度も「プログラマーじゃなくてもこんなすごいことができるんだ」「こんな便利なものを作れるんだ」という衝撃を受けてきました。自分でツールを作る経験もして、すごく自信が付きました。だからこそ、デジタル逃げ棒も「実現できるんじゃないか?」と気づけたんだと思います。

齋藤 僕は、もともとITが苦手で……。でも、加藤さんから「経営者として食わず嫌いはよくないよ」と説得されて(笑)、2年前からノンプロ研に参加しています。ノンプロ研で衝撃を受けていなかったら、「デジタル逃げ棒があったらいいけど、こんなの無理だよね」で話が終わっていたかもしれないですね。

正直、ITがあんまり得意じゃないのは今も変わっていません(笑)。でも、プログラミングの基本的な考え方を知って視野が広がったし、自分自身に技術はなくても「こういうこともできるんじゃないか」と想像できるようになったのが大きな収穫でした。自分にまったく知識がないと、ほかの人に頼むことすらできないので。

加藤 僕たち2社が作ったDAチャレンジャーズですが、ビジネス上の想定顧客は杭打ち施工業者、つまりファンテックです。世の中にあるツールを使う立場だった僕らが、自分たちに何が必要か考えて、具体的な形に生み出そうとしている。このこと自体、革命的だと思います。

ーーノンプロ研のような社外のコミュニティに対して、どう感じていますか?

齋藤 僕は異業種交流会や商工会の集まりが好きなので、最初に聞いたときからワクワクしました。いろんな職種の人と触れ合えるのって面白いですよね。

加藤 ノンプロ研はすごくいいコミュニティ。僕のほかにもファンテックから複数人が入会しているんですが、ノンプロ研を通して社内の雰囲気がすごくよくなったと思います。ノンプロ研から持って帰った「仕事の無駄をなくそう!」「ITスキルを使って効率化しよう!」というポジティブな空気が、社内に広まったんですよ。

一般的に業務改善のタスクが降ってきたら、社員は負担に感じるでしょう。でもノンプロ研のように「みんなで勉強して、スキルをつけて、業務効率化しようぜ!」という雰囲気を作れれば、モチベーション高く続けていけます

ハードな現場でも無理なく使える、タフな機械が必要

ーーこうして、デジタル逃げ棒の素案ができ、新会社も設立。開発は順調に進みましたか?

加藤 2022年1月から開発を始めて、半年ほどでプロトタイプができ「課題は残っているけど、とりあえず動くモノができた!」という段階にたどり着きました。ただ商品開発は、1つ修正するのにすごく時間がかかるんですね。1つ修正している間にまた新しい課題が出てくる(笑)。現場で使えるモノが完成するまで、2年ほどかかりました。

齋藤 意外だったのは、機械を入れるボディの部分にも緻密な開発が必要だったことです。しびれを切らして、ホームセンターで木の箱を買ってきて僕たち2人でボディを作り、機械を入れて現場に持って行ったら「大きすぎて全然使えない」と却下されたことも(笑)。

小型化しようにも、箱を作ったら最小ロットが数千個という世界です。にっちもさっちもいかなくなって、最終的に自分たちで3D CADを勉強して、3Dプリンターを買ってプロットを作りました(笑)。

加藤 工事現場はハードで、杭打ちの作業員は文字通り土にまみれてドロドロになります。だから機械は壊れないようにタフじゃないといけないし、万が一にも倒れて作業員に怪我をさせないような構造が必要です。そこがいちばん難しかったですね。

ーー二人で、試行錯誤を重ねてきたんですね。

加藤 現場での使いやすさを考えると、機能は絞り込んでシンプルにしないといけません。何か1つの機能に特化したものこそ使いやすいので。でも、開発を進める過程でどんどん便利な機能を入れたくなるんです。「あれもこれも入れたい!」という欲望が、「シンプルにしなきゃ」という理性でどんどんそぎ落とされていくのは、なかなか辛いものがありました。

齋藤 そもそもDAチャレンジャーズを設立した日から今日まで、スムーズにいったことなんてほとんどありません(笑)。ただ僕たちは友人が多いので、何か困ったことがあるたびにその分野のエキスパートが現れて、助けてくれました。友達がその友達を紹介してくれて、どんどん輪が広がって今に至っている。本当に感謝です。

建設業を「人気No.1の職種」にしたい

デジタル逃げ棒の使い方をレクチャーする加藤さん(右から3人目)

ーーここまでの手応えはいかがでしょうか。

加藤 デジタル逃げ棒に対して「いい商品だね」と言ってくれる会社はたくさんあるけど、現場では大きな売り上げにつながっていません。少しでも確実なやり方を重視するのが建設業界。今動いている現場では、アナログなやり方で杭打ちがやれているから、そのままでいいだろうという考え方がベースになるんですよね。

いくらいい商品ができても、「今のままがいちばんいい」と思っている人たちの思考を変えるのは、一朝一夕ではいきません。発想を変えて、市場を0から生み出すことの壁を、今まさに感じているところです。

齋藤 みんな、デジタル逃げ棒というまったく新しい商品を目の前にして、周りが使い始めるのを待っている感じがします。一度デジタル逃げ棒が売れ始めたら、がらっと業界の標準を変えられると思うんですけどね。

ーーDAチャレンジャーズを、組織としてどう育てていきますか。

齋藤 商品開発のことは、商品開発のプロがいちばん詳しく知っています。でも、どんな機能をどうやって杭工事に役立てたらいいか、現場のリアルを知っているのは僕たちです。人は誰でも何かしらの強みを持っているので、仲間全員の強みを的確に引き出していきたい。

加藤 ものづくりをする人、その中身を考える人、面白いアイデアを思いつく人、みんなをまとめる人……と、せっかくいろんな個性が集まっていますから、それぞれの力を最大限生かしたい。全部まんべんなくこなすのは、機械やAIに任せればいいんです。DAチャレンジャーズのロゴは、“とんがり”を集めた星形です。これは、みんなのとんがりを集めて、生かしていこうという考えから生まれました。

ーー最後に、お二人が今後目指すところについて教えてください。

齋藤 いちばんは、建設業界を活性化させたいです。でかいものを建てるって、すごくやりがいと喜びを感じられる仕事です。どれだけ人が足りなくても、この仕事のおもしろさは絶対に次の世代につないでいきたいです。そのための方法は、どんどん変えていって、建設に携わる人たちの幸せを増やしていきたいですね。

加藤 僕の夢は、建設業を「若者に人気No.1の業界」にすることです。そのためには、業界の仕組みや仕事のやり方、待遇など改善ポイントがたくさんあります。それらをクリアして、建設業が本来持っている「ものづくりの楽しさ」に世間の注目を集めるのが僕たちの使命。本当に、泥臭いけどカッコイイ仕事なんです。この夢に向かって頑張るのは楽しいし、すごくわくわくします!

DAチャレンジャーズの仲間たちと。
DAチャレンジャーズの仲間たちと。建設業をもっと元気にするため、突き進んでいきます!(中段の右3人目が加藤さん、左3人目が齋藤さん)
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この記事を書いた人

さくらもえ

出版社の広告ディレクターとして働く、ノンプログラマー。趣味はJリーグ観戦。仙台の街と人が大好き。