医療現場のDX、最前線。越境学習者2名が得た「成果と葛藤」

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イムス富士見総合病院

国の主導もあって、今注目されている「医療DX」。具体化できず足踏みする現場も多い中、積極的にDXを進めているのが、850人のスタッフが働くイムス富士見総合病院(埼玉県富士見市)です。DX人材を育成するための手段として選ばれたのは、ノンプロ研(ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会)の「越境学習プロジェクト」でした。実際にこのプロジェクトに参加した、リハビリテーション科 技士長の吉田裕登さん、看護部 副看護部長の戸田桂さんにお話を聞きました。

膨大な情報の整理・共有業務を自動化したいと思っていた

――お2人は普段、どういった業務を担当されているのでしょうか。

吉田 私は、リハビリテーション業務全体の管理や実際の治療を担当しています。当院には、入院患者さんだけではなく、外来の患者さんへの治療や、訪問リハビリの形式もあります。生後3カ月の子から100歳のおじいさんまで、老若男女さまざまな患者さんの治療に当たります。

戸田 私は、副看護部長として看護師や担当病棟の管理、新人の育成を担当しています。看護師は病院全体で330人いて、病棟だけでなく外来や手術室、救急外来、透析室など各部署に配置されています。そのため、看護部全体の意思決定や看護師間の業務調整も重要な業務です。

――今回、2022年3〜9月の「越境学習プロジェクト」にご参加されたきっかけ、目的などについて教えてください。

吉田 私は、院長先生からお話をもらったことがきっかけでした。僕たちの重要な業務の1つに、患者さんの情報管理・記録がありますが、情報量が膨大かつ重複業務が多いので、途方もない作業になっていました。それを何とか自動化したいと、我流でGAS(Google Apps Script)やVBA(Visual Basic for Applications)を勉強していたんですが、うまくいかず……。1つひとつのコードが持つ意味を理解しないまま、ネット検索でコードを拾ってコピペで継ぎはぎしても、狙い通りに動かなくて。仲間がいないので、疑問や困りごとを誰にも相談できないのがいちばんの原因でした。悩む僕を見かねた院長が、「ノンプロ研の越境学習プロジェクトに参加すれば仲間ができるよ!」と誘ってくれたんです。

戸田 私も同じく、院長先生からのお誘いです。私は吉田さんと違ってプログラミングの経験は0で、Excel関数すら知りませんでした。ただ、看護師は患者さんの情報を紙に手書きで記録する業務が多いので、それを電子化したいなと思っていました。患者さんの情報は、医療行為の根拠になる重要なもの。看護師同士の共有や、交代勤務の際の引き継ぎには、1日あたり108分ほどかけていました。2022年3月にGoogle Wordspaceが導入されてからは、ドキュメントの編集を複数人が同時にできるようになったので、それをさらにレベルアップしたいと思っていたんです。そんなある日、院長先生から「越境学習プロジェクトで学ぶと、業務効率化が進むよ!」と聞いて、勇気を出して参加を決めました。

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(画像はイメージです)

ーープロジェクトの参加に際して、不安はありませんでしたか?

戸田 私はGASという単語すら知らない状態で、外部のコミュニティに参加することも初めてでした。内容を理解できるのか、業務で使えるレベルになれるか、正直不安でした。でも、一緒に受講する仲間がいるとわかっていたのはすごく心強かったです。1人ぼっちじゃないと思えたからこそ、参加を決意できました。

いつでも質問できるという安心感があるから、挑戦しやすい

ーーGAS講座の参加や学習は、スムーズにできましたか?

吉田 それまでSlackを使ったことがなかったので、慣れるまでは緊張しました(笑)。返信の仕方もわからないし、スニペット機能って何?というレベルで。恐る恐る発言してみると、みんなが即レスをくれたりスタンプを押してくれたりするので、どんどん心理的ハードルが下がっていき、安心して発言できるようになりました。それから、ノンプロ研の講座では毎週たっぷり宿題が出るので、こなすのが大変でした(笑)。いい機会だと思い、抱えていた業務を整理して時間を捻出しました。

戸田 宿題が解けず困り果てたときに、Slackで質問すると講師の方がていねいに答えてくれました。さらにほかの受講生が「私もここがわからないです」「自分はこうやって解きました」とコメントしてくれてホッとしました。初心者はリカバリ能力がないため失敗を恐れてしまいがちですが、いつでも質問できるという安心感があるから、新しいことにも挑戦しやすいと思いました。

ーーノンプロ研ではよく「質問は正義」といいますよね。

戸田 それを実感しました。とくに最初の頃は専門用語を理解するのに必死でしたが、講師が受講生1人ひとりのレベルに合わせた表現で説明してくれたので、疑問が置き去りになることはありませんでした。宿題も「途中でいいから、できたところまで出して!」と言われて(笑)。最後までやり終えられなかったり、エラーが出たりしていても、とにかく提出してつまづきポイントをつぶしていきました。

――越境学習プロジェクトに参加して、実現できた成果を教えてください。

吉田 毎朝・昼に紙に手書きしていた健康観察表の入力をGoogleフォームに変えたり、個室の利用表を自動更新制にしたりと、たくさんの成果がありました。部内では摩擦が起きることもなく、すんなり受け入れてもらえました。便利になったのはもちろん、「この作業も変えられるかも」という視点で考えられるようになったのが、僕にとって大きな収穫でした。

戸田 健康観察表は、朝の出勤前にスマホから入力、昼は休憩前後の隙間時間に入力できるので楽になりました。また、患者さんの検査リストも手書きからGoogleスプレッドシートに移行。GASで、毎日新しいシートが自動作成されるように設定しました。以前は担当者が夜間に病棟を周回して記入していたことを思うと、画期的です。2022年5月にシートが完成し、デモ運用や操作説明会を経て、9月には完全移行とスムーズでした。今まで、不具合やエラーも発生していません。

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ーー導入後、部署内の反応はどうでしたか?

吉田 導入したツールについて、他のメンバーから「すごくいいですね!」と言ってもらうことが何回もありました。大変だったけど頑張ってよかったなとしみじみ思った瞬間です。

戸田 私も、周りから「便利になったね!」と声をかけてもらったときのうれしさ、達成感は忘れられません。看護師は20代前半から60代まで年齢層が幅広いので、デジタルに慣れていない人もすぐに使えるよう、小さくていねいに始めたことが功を奏したと思います。DXはペーパーレスにも貢献していて、1日15枚、1年で5745枚の用紙を削減できたことも周りから驚かれました。

ーー会議のやり方も変わったと伺いました。

戸田 最近は、朝礼もGoogle Meetで実施しています。以前は20人ほどの職員が1箇所に集まっていたので、密のリスクがあったうえに移動の手間もありました。今ではSpaceも活用して、拡張機能を使ってトピックを毎日自動で立ち上げたり、朝礼の内容をテキストで残したりしています。

他部署への展開が壁に。成功体験を演出する大事さを知った

――自部署を超えて、病院全体にDXを展開する際に難しかったことはありますか。

吉田 まさに、自作ツールを他部署にも広めようとしたとき、大きな壁にぶつかりました。他部署の課長陣の理解をなかなか得られなかったんです。例えば、「DXで何がよくなるのかわからない」「従来のやり方で問題なく業務ができている。自分の部署にDXは関係ない」などのコメントがありました。長年、自分の専門分野に特化し続けてきた管理職たちに、新しい挑戦であるプログラミングのメリットが通じないのも当然です。いくら説得しても流れを変えられず、一時は一触即発状態に(笑)。

ーーそれは大きな壁ですね。どうやって改善していったんですか?

吉田 ここで挫折するわけにはいかないと思い、どうやったら打破できるか考えました。まずは、各部署の所属長が「わからない」と言う機能について説明し、機能を一緒に使う場を設けました。院長先生からも説明いただくことで説得力を持たせられたと思います。例えばGoogle カレンダーで出欠を取ることにも抵抗があったようですが、成功体験を共有できれば、その便利さを実感してもらえると考えたんです。他部署を巻き込んで、理解と目的意識の統一を進めていきました。

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ーー「なぜやるのか」を理解してもらうまでに時間がかかったんですね。

吉田 はい。でも、そういう人たちと敵対すると対話の可能性が閉ざされてしまうので、こちらの主張をプッシュするのをやめて「いったん受け止める」ようにしました。いわゆる傾聴ですね。そのうちに、だんだん「なるほど、やってみようか」と前向きな反応に変わっていきました。

僕は越境学習を経て新しいことを学ぶ面白さを知りましたが、組織の全員が同じ状況ではありません。目線をそろえ、現状ある課題とその解決方法を示して、「これならうまくやれそうだ」と思ってもらうことが大事。そこを抜かすと、協力関係にもつながりません。対話を繰り返して感覚のズレを埋める大事さを知りました。

参加前に立てた目標が、後から自分を助けてくれた

ーーノンプロ研のシステムに対して感じたことはありますか?

吉田 ノンプロ研では、講座修了時に「卒業LT」といわれる発表会が開かれ、受講生が成果物を発表します。これが、僕の「自動化ツールを作って、業務効率化を進める」という目的にマッチしていました。僕なりに、職場の課題に対して「こう工夫すればいいんじゃないか」と考えてツールを作ったこと自体が大きな成果になりました。

戸田 ノンプロ研には、みんなで自然に助け合う文化がありますよね。私は、卒業LTに向けて「ペアプロ」(上級者と初心者が2人1組でプログラミングをすること)をやったら、講師や仲間が何人も参加してくれて。みんながコードを見ながら、私のやりたかったことを噛み砕いて、形にしてくれました。

――越境学習プロジェクトに参加するに当たって、目標設定はしましたか?

吉田 ノンプロ研主宰のタカハシさんと、受講前に面談をして目標を決めました。GAS初級講座の途中、忙しすぎて挫折しそうになったときも、最初に立てた目標を見返すとゴールの位置を再確認でき、道筋を見失わずに最後まで走り切れました。正直、最初は長い時間をかけて目標設定する意義を理解できていなかったんですが(笑)、後になってつくづくその価値を感じました。

戸田 私もタカハシさんとの面談の場で、自分が感じていた課題や参加する目的、目指すゴールを整理しました。目的がテキストになっていることで後から再認識でき、何度も助けられました。また私は看護師独自の考え方に偏ってしまいがちですが、プログラミングに合った考え方、思考の組み立て方についてもタカハシさんからアドバイスをもらえて、視野が広がりました。

――今後、どうやって学びを継続していきますか?

吉田 越境学習に挑戦した6カ月間が、すごく学びが多く濃い時間だったので、引き続きノンプロ研に所属しています。これからも、ノンプロ研を入り口にDXに挑戦していきたいです。また、組織を変えるにはもっと越境学習する仲間が必要です。すでに、「私もノンプロ研に入って、プログラミングを勉強してみたい!」と挙手する職員が出てきました。今回の成功体験を、病院全体に落とし込んでいけたらと思います。

戸田 マイナンバーカードと保険証の連携や、電子カルテのデータベース化など、医療のDXはどんどん進んでいます。うちの院長も、「取り入れられるものはどんどんやっていこう!」という姿勢で、具体的な議題もいくつか上がっています。今後それを実現していくには、部署内だけではなく病院全体で協力する必要があります。これからもITを学びながら、職員みんなで一緒に作り上げていきたい。そうして、院長の高いビジョンについていければと思います(笑)。

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この記事を書いた人

さくらもえ

出版社の広告ディレクターとして働く、ノンプログラマー。趣味はJリーグ観戦。仙台の街と人が大好き。