2024年11月16日(土)、東京・飯田橋で、6つの学習コミュニティが集まるイベントが開催されました。イベントの冒頭では、基調講演として、法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴さんが登壇。その様子を、当日参加したライター・さくらもえがレポートします!
ホームとアウェイを行き来する「越境学習」
本講演の大きなテーマは「越境学習と学習コミュニティ」。越境学習は最近注目されている概念で、ビジネスにイノベーションを起こすために必要なものであるといわれています。
石山先生が語る越境学習とは「自分がホームと思う場所と、アウェイと思う場所を行き来する」こと。ホームは、自分が安心できる、居心地がいい場所。家庭や職場がそれに当たるでしょう。アウェイは、知らない人がたくさんいて言葉も通じない、居心地は悪いけど刺激がある場所。
社外のコミュニティに参加すると、最初は右も左もわからない「完全アウェイ」の状況におかれます。自然に越境学習が始まり、日常的にホームとアウェイを行ったり来たりする中で、新鮮な刺激を受け続けることになります。
一方で、越境学習を長期間続けるとアウェイがホーム化したり、職場で部署異動をするとそれまでホームだった場所がアウェイになるという現象をよく聞きます。ホームとアウェイの境界線はあいまいで、だからこそ自分で、そのときどきの立ち位置を確認する必要があるのではないでしょうか。
意識高い系と勘違い!?越境学習の本質は「冒険」
石山先生によると「何かとディスられがちな越境学習ですが(笑)、基本的なコンセプトは『冒険』です。固定観念は誰でも打破できますし、葛藤の末に打破すると楽しいもの」だそうです。最初は自分1人で始めた活動でも、続けているうちにだんだん仲間ができていく。まるで、少年漫画のようでワクワクすると思いました!
「越境学習」とひとことで言っても、いろいろな活動が含まれます。企業が主導するものは留職や部署のレンタル移籍、ワーケーションなど。個人が主導するものは副業やボランティア、育休、プロボノなどです。
さらに、PTAやマンションの管理組合も越境学習と呼んでいいそう。マンションの管理組合に「学習」の要素があると思っていなかったので、新鮮な学びとなりました。
学習という字面もあって、越境学習にはいわゆる「意識高い系」「なんとなく難しそう」的な印象がありました。小難しい話ばかりだったり、新しいビジネス用語が羅列されていたり……。そんなイメージががらっと変わり、ワクワクする気持ちが呼び起こされた基調講演でした。
よく「日本人の大人は学ばない」といわれます。実際、56.1%の人が「業務外の学習時間は無い」と答えたという調査結果(※)があります。
でも、学習とは、何かの知識を得たりスキルアップすることだけに限らないと思いました。自分の興味関心に近いコミュニティに入って、仲間と意見交換したり、読書を通して自分とは違う視点があることを知ったり……。そういう活動も、大事な学習といえるでしょう。
※出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
越境学習が学びに有効である、3つの理由
ホームからアウェイに出向くことが、なぜ学びになるのでしょうか。石山先生の解説の中で、いちばん印象に残ったのは「上司や部下がおらず上下関係がないから」です。
アウェイにおける人間関係は、職場と違って、全員がフラットな関係性です。だからこそ自分のリアルをさらけだせるし、言いたいことを自由に発言でき、学びが深まるのだと思いました。
また、明確な役割が与えられる職場と違って、越境学習は自分が何をどんな役割ですればいいのか、1から考える必要があります。もやもやとした抽象的な問いに向き合うのも、学びの1つなのでしょう。
ホーム(職場)では失敗はなかなか許されませんが、アウェイなら何か大失敗しても問題ないので、新しいことにもチャレンジしやすくなります。それも越境学習のメリットです。越境学習を通してスキルアップしたり知識を得たりするのはすばらしいことですが、それは副次的な効果なのかもしれません。
熱海の事例にみる、地域の課題解決と越境学習
特定の社会課題や地域課題を解決する越境学習プロジェクトの事例として、静岡県の熱海にある、まちづくり会社「machimori」が取り上げられていました。
熱海といえば、東京から近く、サクッと行ける身近な温泉地……のイメージですが、実は高齢化や人口減少などの問題が深刻で、“課題先進地”といわれていたそうです。バブルの頃はにぎわっていた中心地の熱海銀座商店街も、さびれたシャッター街になってしまっていたとか。
そこで、熱海を再生しようと設立されたのがmachimoriでした。商店街のお店をリノベーションしてコワーキングスペースやおしゃれなカフェ、宿泊施設をつくるなどまちづくりを進めた結果、だんだん人が集まるように。今では若い世代も集まって、熱海銀座は大混雑しているようです。
これまで、越境学習と地方創生はまったく別のものだと思っていました。熱海のような固有の地域で、継続的に越境学習プロジェクトをすることで、意外な効果を生み出せるのだと知りました。
越境学習は、中小企業にこそ有効!2社の事例を紹介
よくある越境学習への誤解には、「意識高い系」のほかに「大企業しかできない」もあります。でも実は、越境学習は中小企業にこそ大きな効果を発揮するそう。石山先生は、すばらしい事例を2社紹介していました。
1つは、大阪府のファンテック社。社員54人ほどの建設業の会社です。常務取締役の加藤直史さんがDXを進めようとノンプロ研に入り、GASを学びました。やってみたらすごく面白いとわかって、社員に声をかけたところ、20〜50代の社員6人がノンプロ研に参加。「紙信仰」の強い建設業だからこそ、DXに大きな効果があったようです。
すごいのは、社員がプログラミングのスキルを学んだだけではなく、退職者が減ったことです。以前は、ホワイト企業ながら年間20人以上の社員が退職していたファンテック社ですが、越境学習を通して学び合い助け合う文化ができ、退職者が激減したそうです。
もう1つは、東京都のフロント・ワークス社。社員25名の会社です。代表取締役会長の江藤大さんが、GASを学ぶためにノンプロ研に入ったのが始まりでした。学ぶことの楽しさがわかったうえ、本業ではできない失敗や大胆な挑戦を、アウェイでは柔軟にやれるのが面白いと。
こうした感想を、江藤さんがSNSを通してリアルタイムで発信していました。周りのみんなが関心を持つようになって、これまでフロント・ワークスから全5名の方がノンプロ研に参加しています。
経営者たち自身に「変わるきっかけ」が必要
こういう成功事例からわかるのは、やっぱり「経営者が先陣を切って越境学習するのが効果的」ということです。つまり、まずはトップ自身が変わるきっかけが必要です。
最近は、多くの業界で人手不足が深刻になっています。プロボノや副業人材を受け入れている企業も多いので、それをきっかけに、経営者が越境学習について理解を深めることもあるかもしれないと感じました。
さまざまな人材が混じり合えば、組織に多様性が生まれます。それにより社員が生き生きしたり、何かしら学びを得たりしているのを目の当たりにすれば、経営者やマネージャーが影響を受けることもあるでしょう。
働き手としても、ずっとホームだけで過ごしていると、「自分の居場所は、家庭と職場だけ」「自分の能力はつぶしがきかない」と思い込んでしまうこともあるように思います。意識的に外に出て、越境することで、自分自身にも周りにもいい影響が生まれそうです。