横浜市戸塚区を拠点に、常設カフェ型の「居場所」づくりを行っているこまちぷらす代表の森祐美子さん。活動の原点となった森さん自身の経験から、地域に居場所を持つことの魅力、そしてITやAIが持つ可能性について話を伺いました。
※この記事は、2025年5月31日(土)に行われた「ITと人でどう居場所の可能性が広がる?~人と人とがつながるために~ ノンプロ研×こまちIBASHO研コラボイベント〜」の内容から構成しています。
<こまちぷらすについて>

街のみんなで子育てをするのが当たり前な世界をつくりたいという思いで活動している特定NPO法人。370人の登録ボランティアがいて、自主財源をもとに、約6100万円の事業規模で運営。具体的には、横浜市戸塚区にて常設の「こまちカフェ」と「こよりどうカフェ」を展開している。そのほか、子どもが生まれた家庭に街からの出産祝いを届けるプロジェクトや、商店街の事務局、企業研修や大学との共同調査などを行っている。2024年には、ForbesJAPANの「今注目のNPO50」にも掲載された。
「孤独、孤立」と「自己否定」が活動の原点に
ーー森さんがこまちぷらすをオープンしたきっかけは何だったのでしょうか。
原体験は、第一子を産んでから社会的に孤立してしまったことです。私はもともとトヨタ自動車で海外営業や調査の仕事をしていました。仕事にまい進していたため、「地域=寝に帰る場所」という認識でした。でも第一子を育てる中で強い孤独を感じ、いかに自分が地域とのつながりを持っていないか、1人の人間として痛感したんです。
その後、子育ての過程で地域の活動に参加することで、苦しさが薄れていきました。地域では何もできない私でも、意見を聞いてもらえて、受け止めてもらえる。そして、仲間と一緒に学んだり居場所をつくったりする機会がたくさんある。そう感じて救われたことが、私の活動の原点です。
こうして、2012年に5人の友達と一緒に立ち上げたのがこまちぷらすです。今ではスタッフの数が増え、事業規模も大きくなり、岡山や長野、北海道でも居場所づくりの支援を行うようになりました。それでも原体験を基に、「参加」を真ん中にした活動を続けています。

こまちぷらす代表
ーー出産や退職が典型的ですが、自分の生活や環境が変わると、地域との関わり方を見直すきっかけになりますね。
そうですね。それまでにあった関係性が切れてしまったり、自分が無力な存在であるように感じたりして、一気に孤立してしまうことも多いように思います。自分が経験してきたことの多くが無効化されたように感じて、孤独や孤立につながります。
とくに子育てには「幸せ幻想」がつきまといがちです。自分の中に生まれた否定的な感情を封じ込めてしまったり、幸せを感じられない自分を否定してしまったり。そうやって負のループに陥っていきます。
今の社会は、資本主義的な価値観や自己責任論の風潮が強いと思います。自助と公助が明確に分けられてしまった結果、人と人がつながりづらくなってきました。その結果、私たちは幸せになったでしょうか? 隣に困っている人がいても助け合えない状態になっているように思います。
私たちはそれを変える「てこ」、つまり人と人の「間」となる場を街の中に増やして、社会全体の連携を強めていきたいです。新しい出会いの中で、自分と周りが持つ素敵さに気づければ、信頼関係の土台ができます。そうしてイノベーションを起こし、競争ではなく共創する場所をつくりたいと思っています。
参加者が「人間性を取り戻せる」のが地域の居場所

ーー居場所のいちばんの価値は、どんな部分にあるのでしょうか。
「人間性を回復できること」です。自分自身の声や感情に耳を傾けられる。周りと関係性を築き、安心して自分の視野を広げられる。ゆっくり時間をかけて関係性をつくっていくのは豊かなことですが、「ただそこにいること」が許される場所って、意外と多くありません。周りから期待された固定の役割を背負うのではなく、私自身を生きていく。それができるのが、居場所のすばらしいところだと思います。
もっと多くの方に、この魅力を知ってほしい。そして、地域につながりをつくりたい人や、それを応援する人、こまちぷらすの活動に関心を持ってくれる人たちを集めてコミュニティをつくりたいです。「参加」を軸に、みんなが心地よく関わって、つながっていく。そうやって、いい関係性を育てていけたらと思います。
また、40代以上の方々が自分のスキルや経験を活かして活躍する場所としても、居場所は有効だと思います。最近は「人生100年時代」と言われます。こまちぷらすのスタッフにも、キッチンの手伝いから入り、今では労務管理や補助金申請などのパソコン作業、イベントやコミュニティの運営を担うようになった人がいます。こうやってスキルが身に付けば、コミュニティ全体の可能性も広がっていきますね。
もちろん、すでに持っているスキルを活かす関わり方も、とても素敵です。例えばITに詳しい方が、自分の地域でITを教える講座を開いたり、ほかの参加者と関わったりすることで、豊かな関係性を築けます。
「居場所づくり」はITの力でもっと進化できる

ーーこまちぷらすの現場には、今どんな課題があるのでしょうか。
こまちぷらすにはスタッフが50名弱いますが、ほとんどの人がリモートと現場仕事を組み合わせて活動しています。その結果、曜日ごと、午前午後、現場とリモートで情報が細切れになってしまうのが課題です。日や週をまたいでも情報が正しくつながる状態にしないと、チームワークが生まれないんですよね。
この「ワークシェア×IT」問題は、みんなで作業を分担しているからこそ生まれる悩みです。ITの力を使えば、そこを効率化できるかもしれません。例えば、バックオフィスの作業効率。カフェなら、備品の在庫数や置き場所、買い物リストを管理するのが大変です。困りごとはたくさんあるけど、日々の忙しさに埋もれて後回しになっているんですよね。現状アナログでやっている作業も多いので、どこからどう手をつけたらいいかわからないんです。
ーー主に、運営のバックオフィス面に課題がありそうですね。
そうですね。本来は、人とのかかわりやイベントの企画、コミュニケーションに時間をかけたいのですが、うまくできない状況。そこに課題があると思います。
ITに詳しい人なら5分で解決できるのかもしれませんが、そういうメンバーがいないと難しいです。それにツールも使いこなせなければ意味がないので、課題に合った対策が必要になります。ここ数年は、生成AIの発展が顕著なので、もしかするとAIの力で作業効率を上げられるかもしれません。その具体的な可能性も探っていけたらと考えています。
生成AIでいえば、最近はとある大学と一緒に、こまちぷらすの雑談をAIに学習させアウトプットさせる取り組みをやっています。この半年くらいで、すごく共感型のアウトプットが出るようになりました。去年と今年ではクオリティが全然違っていて、進化のスピードに驚かされます。人間じゃないとできないことを必死に探すよりも、AIを頼れるパートナーと捉えて、うまく付き合っていきたいです。
ITが浸透することで、「体感」や「体験」の価値が上がっていく

ーーITの力で、いろんな未来が生まれていきそうですね。日常的に使っているツールはありますか?
こまちぷらすでは、Google Chat を使っています。いくつかのツールを比較した結果、操作性が良いなと感じました。また安価な契約ができるのも大きなポイントでしたね。最近はSlackやTeams、Google Chatなどたくさんのツールがあるので、試しに使ってみて、自分たちに合うものを見極めていくといいのだと思います。最近は世の中が変化するスピードが速いので、ITを使った情報マネジメントは必須だと思います。
ただ、どんなツールを選ぶにせよ、まずはそもそも何が課題なのか棚卸しをして、ひもといていく作業が必要ですよね。その解決のためにITが必要かもしれないし、アナログのままでもいいかもしれない。その判断は意外と難しいなと感じます。
居場所を運営している立場から感じるのは、私たちが「こういうものをつくりたい」という思いに行き着くまでの体感や体験の数が、より大事になっていくということです。何かに対して疑問を持ったり、「もっとこうしたい!」と意欲が湧き上がってきたりする経験がないと、テクノロジーの言いなりになってしまうんじゃないかなと。
だからこそ、リアルな出会いや場所の価値も大きくなっていくと思います。変に怖がって距離を置くのではなくて、AIのことをもっと知れば、今までできなかったことができるようになるかもしれない。そうして、可能性を広げていけたらいいですよね。