去る2022年11月9日に一般社団法人ノンプログラマー協会(以下ノンプロ協会)主催のセミナー「越境学習×学習コミュニティ~小さな越境からはじめるVUCA時代の人材育成~」が開催されました。
当日は「越境学習入門 組織を強くする『冒険人材』の育て方」の著者であり、越境学習研究の第一人者である法政大学大学院政策創造研究科教授 石山恒貴先生と、「ノンプロ研を活用した越境学習支援プロジェクト」を提供するノンプロ協会代表 高橋さんのおふたりから、企業の人材育成に越境学習がどのように活かされるか、その可能性についてお話をしていただきました。
このイベントレポートでは3記事にわたり当日の模様をお届けします。本記事では、前半の石山先生の発表内容をご紹介します。
越境学習とは冒険する学び。企業の人材育成で注目される背景
セミナー前半は石山先生から、越境学習の概要とその活用のされ方についてお話がありました。
10年ほど前から立教大学の中原先生が「越境学習」という言葉を使われて認知が広がってきたそうですが、「学習」という言葉から苦行を連想されるのか、今でも「越境”学習”」と言うと何やら難しいことだと捉えられがちだそうです。
しかし、越境学習は固定観念を打破する力を持っていて、そんな学びができる越境学習はとても楽しいもの。石山先生ご自身はご著書「越境学習入門 組織を強くする『冒険人材』の育て方」の表紙絵のように、一人一人が自ら羅針盤を持ってワクワクと不安が入り混じった、冒険に行くようなイメージを持たれているそうです。
越境学習は、多くの事業者から様々なサービスが提供されています。大企業からベンチャー企業へレンタル移籍を斡旋するといった企業主導のものもあれば、私達のとてもプライベートな側面でも「越境学習」は存在しています。
近所の自治会やPTAで文化祭を開催するとか、育児休業で今の仕事と全く違うことをやってみる、ということも「越境学習の学び」に入るのだそうです。
そんな越境学習で学びが生じる理由は、「上下関係のなさ」「異質性」「抽象度」の3つがあるからだということ。
この3つが揃っているからこそ、「何をするにしても、そもそもルールや制約を含めて自分たちで決めていかなければならない」という行為主体性(エージェンシー)を発揮せざるを得ない状況が生まれるそうです。
また、企業の中でも注目が高まっています。
その背景として、これまで企業幹部になるには「分析力」や「企画立案力」、求められたことを遂行する「実行力」などが主に要求されてきたのですが、現状を打破するようなイノベーションを起こすことが求められるようになると、「そもそもこれってやっていいんだっけ」と現状に異議を唱えたり、関係ないもの同士を関連付けたりすることのできる人材が必要とされてきています。そんな人材を育てるには今あるコミュニティ(社内)での学びには限界があり、アウェイ(社外)のコミュニティで学ぶこと、つまり越境学習が効果的ではないかと考えられるようになってきた、ということでした。
越境学習によって学習者に起こる変容とは
では、越境学習の最中には何が起きているのでしょうか。
アウェイへの越境学習中に、まず1回、学習者はショックを受けるそうです。
例えば大企業にいて仕事ができると思われていた人でも、アウェイな環境のベンチャーに入ってみると何をやればいいのかと聞いた時に「それは自分で考えてください」と返されたり、新しいサービスをやりたいのであれば誰に許可を取るのではなく「まずはお客様に聞きに行ってみたらいいんじゃない」と言われたり…そういう場面に遭遇することで「自分ってできる人間だと思っていたけど、全然できてなかったんだ…」とショックを受けることが起こるそうです。
それも、時間とともにだんだんと馴染めていきます。ところがその後、元々いた会社(ホーム)に戻ると周りの人との温度差を感じてしまったり、自身の熱量の高さが鬱陶しがられたりして、学習者自身ががガッカリしてしまうというようなことが起こるそう。
これを、アウェイとホームでの葛藤で「学習者は2度死ぬ」と名付けられています。
しかし、その葛藤も俯瞰して捉えられるようになると、どちらにも良いところ悪いところもあり、そして自分自身の価値観も俯瞰して見えるようになり…。ぐるぐるとアウェイとホームでの葛藤を繰り返すことで学びが深まっていく、ということが起こるということでした。
また、ある事例として石山先生がお話してくださったのですが、越境学習前の方に「あなたの価値観を語ってください」と話をしてもらうと、雄弁に学習者が語るその内容は「・・・それって会社の価値観じゃない?」というものが多いそうです。
しかし、越境学習を経験すると、「会社の価値観のうち、ココには共感できるがココは共感できない」という区別ができるようになり、自身と会社の価値観を俯瞰し、切り離して捉えることができるようになる、そして新しい価値観を自分の中に培っていくことができるようになっていくそうです。
越境学習を社内で活かすには
この越境学習、会社の中でうまく活かすには少しコツがあるそうです。
例えば、越境学習から帰ってきた人がよく遭遇する問題として、越境前にいた上司が人事異動などで別部署に移動してしまい、学習してきたことに関心は持たないが仕事はしろとうるさい新しい上司がいてがっかりしてしまったり、逆に手取り足取り関与されて厄介だったり、迫害されたり…ということが起こるのだそう。なので上司は「関心は持つが関与せず」がちょうど良いのだそうです。
また、組織の経営者は越境学習者を尊重する風土を作ったり、 人事部門は越境者やその上司など関係各所のハブとなってうまくつなぐ役目を担ってもらったり、そして伴走者は学習者にコーチングをしたり壁打ちになることによって気づきを促す、ということも大切ということでした。
また、越境学習の風化(越境学習前の状態に戻ってしまうこと)を防ぎ、効果を持続させるためには社内にネットワークを作り、越境学習が作用するようなコミュニティを作っていくことも大切なのだそうです。
コミュニティの中で学習者が「自分はできるんだ」と自己効力感を感じられるような仕掛けをしていくと越境学習の効果が活かされていくそうで、効果的な手法の一つとして「代理的経験」を増やすことを挙げられていました。
これは他の人の成功体験を聞いて「あの人にできたのなら、自分もできるかも」と思う経験のこと。このような環境のコミュニティを作ることで、メンバーの自己効力感が高まり、越境学習後の行動が促されていくそうです。
ここでエンファクトリーさんの事例の紹介がありました。エンファクトリーさんでは、会社自体が「専業禁止!」を標榜しているものの、はじめは皆が複業・副業や越境経験ができたわけではなく、社員や副業メンバー、離職したメンバー(アルムナイ)などのゆるいつながりの飲み会が定期的に開催されていて、この飲み会を通して「自分もできるかも」思ったメンバーが越境する意欲を抱いたり、実際に越境してみるといった、会社自体が越境学習者のコミュニティとなる好循環が生まれているそうです。
最後に、石山先生はノンプロ研もそのような越境学習論の実践コミュニティにとても当てはまっており、個人もコミュニティも成長できる理想的な越境学習の場ではないかと話を締めくくられていました。
以上、石山先生の発表をご紹介しました。
次の記事ではノンプロ協会 高橋さんのパートをご紹介します!
なお、こちらの定例会の様子はYouTubeにもアップされています。
当日の実況ツイートもまとめられていますので、合わせてご是非ご覧くださいね。