福岡県北九州市にある小倉第一病院。透析医療を核とし、病床数は80床、職員数は約180名を数える腎臓内科、皮膚科、形成外科の専門病院です。そんな小倉第一病院は今年、医療DXに向けて新しい挑戦をしたといいます。それはノンプロ研(ノンプログラマーのためのスキルアップ研究会)の「越境学習プロジェクト」に参加し、職員がプログラミングを学ぶというもの。実際に参加した木村さんと牟田さんに、話を聞きました。
ある日誘われて飛び込んだ、越境学習プロジェクト
――まずは、お2人が担当している業務について教えてください。
木村 僕はリハビリテーション科で、作業療法士として働いています。現場の仕事に加えて管理業務も担当しており、全部で6名いるスタッフのマネジメントや、リハビリの件数や所要時間などの計算と管理をしています。
牟田 私は病棟で看護師をしています。夜勤もあり、患者さんのケアから医師の介助、コロナ患者の対応など全般を担っています。さらに「院内感染対策委員会」にも参加していて、新型コロナウイルスを含んだ感染症予防のための工夫をしています。
――プログラミングは未経験だったというお2人ですが、どうして越境学習に参加したのでしょうか?
木村 当院の会議に参加していたノンプロ研のメンバーの方が、「やってみませんか?」と声をかけてくれたのがきっかけです。同期の牟田さんも一緒ならなんとかなるだろうと、軽い気持ちで参加を決めました(笑)。その後、学ぶ内容や講座の概要を調べるうちに、「どうせやるからには優先順位を高くして、職場にしっかり成果物を持ち帰りたい!」と思うようになりました。
牟田 私自身が切実な課題だと思っていたことですが、感染対策委員会での仕事が基本的に紙で管理されていて、情報を検索できなかったんです。ワクチンの接種率を計算したり、感染症発生届を確認したりするたびに、大量にあるファイルの中から該当の紙を1つひとつ探していました。ファイルが増えると、保管場所を取ることも問題です。IT化して、ボタン1つでいろんな情報を出せるようにしたいなと思っていました。
――周りの方々も、そこに課題を感じていたんでしょうか?
牟田 皆、不便とは感じていたのですが、改善のしようがないと思っていたんです。私は計算が苦手なので、ITの力を借りて計算作業を減らしたいという切実さがあったんです。私たち看護師が普段使うデジタルツールは電子カルテくらいで、デジタルやITをフル活用して自動化を進めるという発想はあまりなかったように思います。
講師やアドバイザーがつくから安心、ノンプロ研独自の仕組み
――学習にあたって、具体的な目標設定はしましたか?
木村 リハビリ科は、2年前に新築移転した際にいくつかのソフトを導入したので、データを集められる環境は整っていました。ただ、管理業務の部分で、吐き出したデータを集計、グラフ化して別のシートにコピペするという繰り返し業務がたくさん残っていたんです。それを自動化して業務効率化することを目標にしました。
牟田 私は「ワクチン接種率の計算を自動化すること」を目標にしました。身近な課題解決に役立つ目標を掲げないと、勉強の動機づけにならないと思ったんです。具体的には、紙で管理していた表を集計しやすいように改変し、さらにワクチン接種の予約表と合わせて、誰もが使える自動化ツールにしたいと考えました。ただ、どの知識をどう生かせば目標を達成できるのか、具体的な部分は、勉強を進めるまでイメージできていなかったと思います。
木村 ノンプロ研では、メンバーの方がアドバイザー的な立場として越境学習者に付き、初期・中間・最終期の3回にわたって面談する制度があります。実際、最初の面談では目標設定や課題についてアドバイスをもらいました。
当時は、実現したいことのイメージはあっても、それがプログラミングでどう解決できるのかよくわからなくて。その判断基準や参考になるウェブサイトを教えてもらったことで、ずいぶん知見が広がり、だんだん目標が具体的になっていきました。当院の職員ではない方に伴走してもらうのも新鮮で、本当にありがたかったです。
――ノンプロ研は、ノンプログラマーでも勉強を継続しやすいようにつくられているそうですね。
木村 はい。講座が始まると、講師もTA (ティーチングアシスタント、講師の助手的存在)もとても親身になってくれて、膨大な量の情報をくれるんです。知識だけではなく「ここがこうなった理由を考えてみるといいですよ」と、考え方そのものを教えてもらいました。情報をどう噛み砕いて自分のものにするかが、越境学習の肝だと感じました。
それから、講座中はもちろんSlack上でも、何か質問するとすぐに明確な返事をもらえるのもありがたかったです。例えば「if文」「else if文」はいくつまで使えるか? など具体的な疑問をその場で解消しながら学習を進められるので、ストレスはかなり軽減できたように思います。
牟田 私は当初、何を質問すればいいかもわかりませんでした。講義のアーカイブを繰り返し見て、Webや本も併用して、疑問をつぶしていきました。講座は1回あたり2時間ですが、アーカイブで見直して咀嚼するのに5時間くらいかかったと思います。
学習はハード。でも仲間がいるから挫折せず乗り越えられた
――困難だったことはありましたか?
木村 1つのExcelの中で、データを吐き出すシートと計算をするシート、グラフを作るシートを連動するのが難しかったです。実際の業務でもシートをまたぐ作業が多いので、絶対に乗り越えないといけない部分だと思い、わからないところを都度つぶしながら1つひとつ進めていきました。
牟田 私は、まず講座の内容そのものが思った以上に難しかったです。明確な目標がなく、漠然とした状態では、絶対に身に付かないと感じました。また、ツールを作って感じたのは、もし何か不具合が出たら……ということ。コードの本質を理解していないと対応できないと感じました。
――挫折しそうになったことはありませんでしたか?
木村 講座の1、2回目は「いけそうだな」と思っていましたが、3回目から課題がぐっとレベルアップして。あまりの難しさにギブアップが頭をよぎりましたが(笑)、やるしかないと思って、時間をかけてていねいに進めていきました。越境学習プロジェクトの参加自体、病院がバックアップしてくれているので、何かしら持ち帰らなきゃいけないという気持ちで頑張りました。
牟田 講義内容を理解するのに時間も気力も相当使いましたが、それでも挫折せずに済んだのは、木村さんをはじめ仲間がいたからという1点に尽きます。課題は、一度提出が遅れたらもう取り戻せなくなると思ったので、絶対に期限を守るよう自分に課していました。
――相当な努力をされたお2人。最終的に、目標は達成できましたか?
木村 はい。まさに思い描いていたとおりのツールを完成させることができました。以前は月に1回、1時間以上かかっていた作業を5分以内で終えられるようになりました。他のスタッフからも、すごくいい反応が寄せられています。
牟田 私も、集計業務が一気に楽になりました。やってみたいと思っていたことが、実際に目に見える成果になって現れたときはうれしかったです。すでに、浮いた時間や労力を他の業務にあてられるようになったので、大きな進歩だと思います。越境学習プロジェクトでの学びが、私だけじゃなく他の人の業務も改善できるようになり、部署や組織全体に、ポジティブな影響が広がっていったらいいなと思っています。
外のコミュニティに飛び出すことで、新しいものを手にできる
――毎日忙しいお2人。学習する時間はどうやって確保しましたか?
木村 早起きしました! 学習のために1日2時間は必要だと聞いたので、朝起きてから出勤するまでの1時間と、寝る前の1時間を充てるようにしていました。ただ難しい日もあったので、休日を活用してドトールで学習時間を確保しました。
牟田 私は月に数回夜勤もするため、毎日コンスタントに時間を取ることができず。時間を取れる日にまとめて、4〜5時間確保しました。ノンプロ研はオンラインコミュニティなので、そのあたりは柔軟だと思います。
――越境学習の全体を振り返って、いかがでしたか?
木村 ひとことでいうと、本当に参加して良かったです。越境学習という名のもとに、普段関わりがない場所に飛び出したことで、いろんな人と知り合えました。最初の面談で「これまでに、越境した体験はありますか?」と聞かれて、毎日ひたすら病院と家を往復していたことに気づき、越境できていなかったんだと感じました。外のコミュニティに踏み出せば、一気に新しい輪が広がります。年齢や立場によらず、熱量高く学び続けることが、医療DXを進めるために必要だと思います。これからは、業務時間の短縮はもちろん、「医療」と「介護」の両方の世界で、DXを進めていきたいです。
牟田 私も引き続き、紙ベースの業務を自動化して、改善していきたいと思います。ファイルをデータ化するのもその一歩だと思います。医療業界は高度な個人情報を扱うことも多いので、セキュリティ面も含めて学んでいきたいと思います。