【インタビュー第3弾】越境学習で得られる意外な成果。法政大学大学院・石山恒貴先生に聞く、越境のススメ

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法政大学大学院・石山恒貴先生に聞く、越境のススメ

近年、注目されている「越境学習」。家庭や職場とは違う場所に身を置くという意味で、「サードプレイス」の概念とともに今多くの人の関心を集めています。越境することにどんな意味があるのか、押さえておくべきポイントは何なのか、法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴(いしやまのぶたか)さんに伺いました。

ホームとアウェイを行き来するのが越境学習

――「越境学習」とはそもそもどういうことなのでしょうか。

誰にでも、慣れ親しんだ居心地のいい「ホーム」の場所と、慣れない「アウェイ」の場所があります。越境学習とは、「自分にとってのホームとアウェイの間にある境界を超えることで、何かしらの学びを得る活動」です。よく知った仲間と一緒に安心して過ごせるホームと違い、アウェイでは自分にとっての常識が通じるとは限りません。違和感を持ったり、葛藤することもあるでしょう。でも、その分たくさんの刺激をもらえるし、新しい世界を覗くことができる可能性に満ちた場所です。

石山恒貴さん
石山 恒貴さん(法政大学大学院 政策創造研究科 教授) 博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理、タレントマネジメント等が研究領域。日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事等。

――「学習」と聞くと小難しく感じるという人もいます。

よく誤解されるところですが、越境学習では必ずしも特定の知識やスキルを得ることだけを目的にする必要はありません。趣味のサークルや地域の活動、PTA、パラレルキャリアなども越境学習の一種です。例えばノンプログラマーのためのスキルアップ研究会(以下、ノンプロ研)は、プログラミングの勉強をするためのコミュニティですが、部活動などプログラミング以外の活動も盛んですね。そのすべてが越境学習の舞台になっています。

ただし、越境学習は一方通行ではなく、往復することがポイントです。なぜなら、越境学習のポイントは「ホームとアウェイを行き来する」点にあるから。一方通行の場合、特定の組織文化を脱しきれない可能性があります。

――特定の組織文化だけに染まりきってしまうことを防ぐには、どうしたらいいのでしょうか?

同時に複数のコミュニティに属するのが有効です。そうすることで、いい意味でどこのコミュニティにも染まりきらずにいられますし、逆に複数のコミュニティに並行して共感できる感性を保てます。

もう1つ重要なのは、越境するしないは本人が自由に選択すればよく、「人生のあらゆる時期に越境学習をする必要はない」ということです。今はなにか1つにフルコミットしたいなど人生の時期によって変化や波があるでしょう。無理に越境し続ける必要はありません。

越境中と越境後に、大きな葛藤を抱えるはず

法政大学大学院・石山恒貴先生に聞く、越境のススメ

――越境する過程で、いろいろな葛藤が生まれそうですね。

越境学習者は、「越境中と越境後」の2回にわたって大きな葛藤に直面することになります。越境中は、自分にとっての常識がアウェイの場では通じないという事実を知り、もがきながらも自分なりの価値を生み出そうとして苦しみます。ホームとは異なる価値観の中で活動するわけですから、この葛藤はずっと続きます。

そして越境後は、越境中と逆に、ホームで違和感を持つことになります。馴染み親しんだはずの環境なのに、越境前とは違って見えるようになる。また、越境学習を経た自分とそうでない周囲の間に、距離や仕事への温度差を感じることも多いでしょう。この葛藤は、事前に予測できない分、越境中より大きなものとなります。ホーム側が変化したのではなく、越境学習者の中に新しい価値観が生まれたからこその苦しみですね。

――なるほど、越境学習にはかなりのストレスがかかりそうです。それでもあえて飛び込むことで、どんなメリットがあるのでしょうか。

越境学習とは、自分がどうありたいか、何になりたいかということに気がつく学びです。目の前のことを効率的に習得したい、ということには不向きですが、自分の固定観念を打破し、わかったつもりの罠から解き放たれるというメリットがあります。

効率的に成果をだそうと思わないことが大事

――自分がこれまで獲得してきたスキルや常識、価値観さえ揺さぶられる経験が越境学習なんですね。

誰でも、長年1つの会社に勤めていれば、その同質性に絡め取られるという罠に陥りやすく、自分の価値観と会社の価値観が似通っていく可能性があります。それをいったんゼロベースから見直す、またとない機会が越境学習だと思います。

越境学習先では、所属している会社の名前や肩書きなどにこだわるとうまくいきません。。身につけてきたスキルすら、うまく使えないことがあります。そんなアウェイな環境で、自分と向き合う経験は得難いものでしょう。「これができる、これはできない」と改めて整理することで、自分の能力や経験に自信を持つこともできると思います。

法政大学大学院・石山恒貴先生に聞く、越境のススメ

――アウェイに出ていくことで、自分のやりたいことや得意なことに気づけるというのは意外でした。

そこで面白いのが、やりたいこともなりたい姿も、必ずしも自分が想像していたものと同じではないこと。だから、当初立てた予定や目標にこだわる必要もありません。「やってみたらこんないいことがあった!」という偶然性も大事です。

僕はよく、「越境学習は1割バッターでいい」と言っています。すべての機会に何かしらの成果を得ようと“打率10割”を目指すと、それが叶わなかった時に挫折してしまいかねません。だから越境学習においては、効率至上主義ではなく「1つでもいい出会いがあればラッキーだな」「どこかで何かの成果があがればいいな」と気軽に考えましょう。

「1割なんてコスパが悪い!」と言われることもありますが(笑)、その通り。越境学習は決してコスパやタイパ(タイムパフォーマンス)のいいものではありません。勇気を出して一歩踏み出して、ドキドキ、ワクワクしながら外に出ていくことが大事。とくに個人で取り組むときは、効果を最大化しようと考えないようにしましょう。

2回の葛藤を味わうことにも意味がある

――越境学習を終えた後にも、また新しい成果を得られるのでしょうか。

はい。越境先で固定観念が打破された状態でホームに戻ることで、以前とは違うものの見方ができるようになります。これまで知らなかった自分の一面を発見したり、組織を俯瞰的、客観的に見ることができるようになったりと、いろいろな手応えがあると思います。

また、中には「越境中は失敗ばかりで、あまり成果を出せなかった」と語る人もいます。でも、凹む必要はありません。2度の葛藤をしっかり味わえていれば、それが越境後の効果につながることもあります。

――越境学習をどうやって始めればいいかわからず、立ち止まってしまう人が多いようです。

まずは小さな一歩を踏み出すという姿勢でいいと思います。その際には、身近な人の経験を聞く、知り合いに越境の場に連れて行ってもらうなど、もう知っている人とのつながりを生かすことがきっかけになる場合もあります。

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この記事を書いた人

さくらもえ

出版社の広告ディレクターとして働く、ノンプログラマー。趣味はJリーグ観戦。仙台の街と人が大好き。