越境学習プロジェクトに参加した、新栄会病院の三木 望さんと平山 美穂さん。プログラミングのスキルはほとんど持っていなかったという2人が、どんな成果を出したのでしょうか。
日常業務に使えるようなプログラミング学習をやってみたい
――越境学習プロジェクトに参加したきっかけを教えてください。
三木:事務部長から「こんなプロジェクトがあるけど、興味ない?」と誘われて、説明を聞いてみたのがきっかけです。プログラミングの勉強をしてスキルを身につければ、業務に使えて何かと役に立つかなと思って、希望者を募るときに手を挙げました。
大学の頃、授業でC言語を軽く勉強したことはありましたが、中身はほとんど忘れていました。当時は、ただ単に授業にあったからやっただけで自発的ではなかったし、得た知識をどう使ったらいいか全然わからなかったんです。その後で必要に迫られて別の言語も扱いましたが、難解な数理統計、科学解析のためのプログラミングで、かなりレベルの高いものでした。
今回は、日常業務に使えるような便利ツールをつくるためのプログラミング学習だと聞いて、それならやってみたいと思いました。例えば、電子カルテはMicrosoft Excelと同等の互換システムを使って動いているので、VBA(Visual Basic for Applications)を使えるかなと。

平山:私は、院内で開催された越境学習プロジェクトの説明会に参加したことがきっかけです。その時はまさか自分がやることになるなんて思っていませんでした(笑)。
でも、新しいことに挑戦するのは好きだし、院長の永田先生からも声をかけていただいて、「時間とコストをかけてもらえるのが私で良いなら、せっかくの機会だからやってみたいな」と思い、参加を決めました。
――これまで、部署の情報共有や管理はどうやって行っていましたか?
三木:僕が所属する医療情報管理室では、紙ベースでの情報共有も多いです。当院でも最近電子カルテを導入しましたが、それ以前のデータは紙で管理されていたので、電子データとして登録し直す作業を現在進めているところです。聞いた話だと、確かグループ内の他施設との情報共有も紙ですることがあるという話も。
平山:私の課では、月間の入退院予定を現場のホワイトボードに書いて管理していました。データ化はしておらず、せいぜいホワイトボードをiPhoneで写真に撮って保存しておくだけでした。
つまり現場に来なければデータを見られないし、月が変われば真っ白に消されてしまい、前月の数値は見られないという状況です。集計するときも、ホワイトボードと紹介患者管理リスト、統計の書類など複数箇所に同じ内容を書き写さなきゃいけなくて、とても煩雑だし非効率でした。
他にも例えば、緊急入院の数や入退院する患者の数、救急車を受け入れた数、面談のスケジュールなどを整理して管理する必要があります。そのとき、元のデータが間違っていたら、いくら数えても実態と合わないし、付け合わせをしても意味がありません。入院統計をとるにも、Excelの1つのセルに2つの日付が入っていたり、手動で一つひとつ数えていたりしました。
そういう作業にプログラミングを取り入れれば、データをもっと「意味のある情報」として扱えるのになあと、ずっと感じていました。
データ管理の需要はあっても、具体的な話は進んでいなかった
――院内で、紙ではなくデジタルでデータを管理しようという話が出たことはありましたか。

平山:ありましたが、具体的には前に進んでいませんでした。例えばPCでデータ一覧をつくって、大きいモニターに映して課の部屋に置いておけば、ホワイトボードの代わりになります。また、グループの介護施設の空所状況を施設間でリアルタイムに共有できると便利でしょうし、状況把握ができれば入院の相談もしやすくなります。そうして施設と病院のつながりが強くなるのは、グループ全体にとっていいことですよね。
でも、1つの部署の中にも、DX(Digital Transformation)を進めたい派と、ホワイトボードでの管理を続けたい派がいるんです。手作業で書けば、その場で全員がすぐ見られるし、何か変更するときもPCを開いて修正するより早いからです。カレンダー共有も、個人情報を含むのでセキュリティ上難しくて頓挫することが多い。PCに向き合う仕事ではないこともあって、どうしてもデジタルへのハードルが高いです。
三木:僕の周りでも、「データ共有に難があるよね」という話はたびたび出ていました。書類のデータはメールでやりとりしていて、場合によっては紙で手渡すこともあったと思います。グループ内の施設間でも、個人情報が含まれない規約や書面はデジタルで共有できないかという話が持ち上がったこともありましたが、たち消えになっていました。
今のやり方では効率が悪い箇所もあるし、うまくデジタル化すれば業務効率化できそうだとはみんな考えていたと思います。でも実際にはなかなか進められなかったし、代替案もありませんでした。効率化の具体的な進め方のイメージやとっかかりを得られないから自然と「慣れているほう」を続けることになるのかと。
ただ電子カルテを導入したころから、院内で何かPCのトラブルが起こるたびに、比較的デジタルに明るい僕に声をかけられるようになっていました(笑)。そうしていろんな部署に顔を出しているうちに、仕事の内容とPCトラブルの関係や、その裏にある非効率な作業や、手作業で情報管理している実態などが、日々耳に入ってくるようになりました。
自然といろんな人と会話することになって、思いもよらないかたちで、ほかの部署の特色や組織の全体像が見えるようになりました。そのタイミングで越境学習プロジェクトの話がきたので、学んでみたいなと思ったんです。
「自動化できる作業は自動化する」マインドが身についた
――学習した内容について、かんたんに教えてください。

三木:僕はGAS(Google Apps Script)の講座を受けました。同じグループの保育園や老人ホームと、法人間でデータを共有するためにGoogleを使おうという話があったので、GASを知っておきたいと思ったからです。初心者向けの基礎から勉強できて本当によかったです。もし基礎をすっ飛ばしていたら、どこかで混乱して挫折していたと思います。
GAS講座を受講したあとはVBAも勉強してみて、最終的には平山さんと共同で、VBAを使った入退院患者一覧表をデータベースとして完成させました。GASを使ったものだと、スプレッドシートに記入した予定をGoogle カレンダーに転記するツールなどを作成しました。どちらも僕自身の仕事を楽にするというよりも、主に自分以外の人が使うツールです。
平山:私は日常的にExcelを使うので、VBAの講座を受けました。アウトプットとしては、入退院患者一覧表をつくったほか、他施設との連携データをブラッシュアップすることもできて、達成感がありましたね。医師をはじめ多忙なスタッフが多いので、ツールを通じてデータ入力の手間を最小限にすれば、業務効率化になると思ったんです。
私たちの努力だけでなく、病院側のバックアップもあって成果を出すことができました。当院の院長は、ものごとを決めてから実際に動くまでがすごく早いし、ビジョンを考えて言葉にして教えてくれます。だから現場としてもとても動きやすいし、ありがたいと思っています。
――越境学習を通じて、ご自身に起きた変化はありましたか。
三木:1つは、「自動化できる部分はどんどん自動化する」という省力化マインドが身につきました。例えば「この作業はこれを使えば効率化できるな」「これだとエラーが出ちゃうから回避する方法を考えよう」と、システム設計側の発想やアイデアが浮かぶようになりました。逆に、非効率な作業を見つけるとなんとなくムズムズします(笑)。
もう1つは、院内に提案しながらDXを進めることの大事さがわかりました。手作業ではどうしてもミスが出ますが、デジタルでデータを管理すれば手間も時間も短縮でき、現場の負担が減ります。でも、それを押し付けると院内で反発を生みかねません。「デジタル化すれば、こういうこともできるかもしれませんね」と提案ベースで伝えて、相手が食いついてきたら話を進める感覚がわかりました。
周りの変化としては、「もっと作業を効率化したい、工夫したい」「情報をわかりやすくしたい」というポジティブな文脈で、僕に声をかけてもらうことが増えました。以前は、何か不具合が起きたときに呼ばれることが多かったんですが(笑)。
平山:院内では「三木さんに聞けばなんとかなる、いいアイデアを出してくれる」と頼られていますね。私も三木さんと同じく、業務で使うデータに対して「ノンプロ研で教わった、あの関数を使えそう」という発想が生まれるようになりました。書類やファイルの見方が変わった感じです。
例えばExcelに関数を入れてみると、周りから「ずいぶん便利になったね!」と言われ、受け入れてもらえているのを感じます。こうやってだんだん、みんなに「デジタル化が進むのも悪くないな」と感じてもらえたらうれしいですね。
三木:勉強を始めてから気づきましたが、学生時代に少しだけ勉強した経験が意外と役立ちました。具体的なことはほとんど忘れていましたが、根底にある考え方やざっくりとしたコードの構成は似ているので、つながる感じがあって。「ああ、昔やったなあ」と、なんとなくじわじわ思い出せました。プログラミングは、1言語マスターすれば2言語目以降は比較的楽に学べるといいますが、それと似た現象かもしれません。
参加者同士「プログラミング」という1つの共通点で話せるのが新鮮
――ノンプロ研では、どんなかたちで学習のサポートがありましたか。

三木:開始前と中間、最後に、コーディネーターの方との面談が全3回ありました。冒頭目標設定からそのときどきの状況まで、具体的に相談に乗ってもらいました。越境学習は初めての体験で勝手がわからないところに、経験豊富な先輩たちが道筋を示してくれて安心できました。僕たちの様子を気にかけてもらえているのもわかって、やりやすかったです。
平山:コーチング的な寄り添い方をしてくださいましたね。ノンプロ研のみなさんは、ご自身の仕事や生活がある中でこのコミュニティに参加し、講師やTA業務のほか、私たちのような講座参加者のフォローまでしてくれています。その姿勢自体がすばらしいし、世の中にはこういう活動をしている方々がいるんだなと勉強になりました。ノンプロ研の雰囲気のよさもあって、私もうまく馴染めたなと感じます。
三木:僕は今でもノンプロ研に残り、GAS講座のTA(ティーチング・アシスタント)をやっています。教える側の気持ちが初めてわかりましたが、とても大変なんです。受講者がうまく理解して進められているかどうかを見ながら、宿題のチェックをしたり質問に答えたりするのはなかなかハードです。
平山:実は私は、社外のコミュニティに参加した経験がありました。それは医療や介護に関わる方々と意見交換するものです。やはり似た業種・職種の人たちで、年齢層も似ていました。ノンプロ研には全然違う仕事をしている人たちがたくさんいて、プログラミングという1つの共通点で話せるのが新鮮でした。
三木:オンライン開催なこともあり、年齢や立場が違うメンバー同士でも、それを気にせずに会話できました。雑談レベルで、少し深い話題になることもありましたね。全然違う業界の話を聞けたのもおもしろかったです。
「遠慮せずに聞いてね」を真に受けていい環境
――越境学習プロジェクトと日常業務を両立し、学習時間を捻出するために、工夫したことはありましたか。

三木:なんとかやりくりして、勉強時間は確保できました。工夫でいうと、出された宿題を解けなかったとき、意地を張らずに他の人が先に提出している答えを見て参考にしました。自分なりに、そのコードだとどうしてうまくいくのか理解して、「なるほどね!」と納得したうえで提出すれば良いと思って。
1人であれこれと長い時間考え続けるよりも、ほかの人の提出物を参考にしたり、わからない部分を切り分けて質問したりするほうが、よほど効率的な時間の使い方ができると気づきました。
平山:スケジュール通りに時間を取れない日もありましたが、講座を受けたり宿題に取り組んだりする中で、十分な時間をつくる意識づけができました。病院が越境学習プロジェクトを「業務扱い」にしてくれた分、ちゃんと結果を出さなきゃいけないという思いがあったんです。講座も終わりが近づくと、宿題のレベルがどんどん上がるので、なんとかこなしていきました。
学習する中で感じたのは、ノンプロ研では「“本当に”、遠慮せずに質問していい」ということです。「15分考えてわからなかったら質問する」というルールもあり、初めて「『遠慮せずに聞いてね』を真に受けていいんだと知りました(笑)。普段の業務は、自分の専門性とスキルを生かして課題を解決していくものなので、やり方が違うんです。
ノンプロ研では、わからなければ聞いていいし、聞けばストレートに答えてもらえる。そうわかっているから、心理的安全性があります。そういうコミュニティで学べて、本当に良かったです。
三木:僕も、基礎的なことも含めてSlackで質問しましたが、誰からも嫌な顔をされることなく答えをもらえました。質問をした翌日には回答をもらえるし、しかも答えだけじゃなくそこに至る思考プロセスまで解説してもらえる。だから安心できるし、学習しやすいコミュニティだなと思いました。
先日はGAS初級講座のTAに挑戦し、教える側に立ちました。教えることがいかに自分の勉強にもなるか、そして教えるのが大変か、身をもって味わいました。教わる側として受講していたときにはあやふやだった部分も見え、改めて勉強し直しました。それまでの僕の理解が浅かったことがよくわかりましたね。
――越境学習プロジェクトが終了してから数カ月経ちました。今後に向けて考えていることはありますか。
三木:まずは、院内にGASをわかる人を増やしていきたいです。僕だけでは広がりがなくなってしまうので。新栄会病院では、越境学習プロジェクトの第2期もやっていく方針のようです。プログラミングをわかる人が増えれば、例えば院内で勉強会を開くなどして、発展させていけるだろうと期待しています。またノンプロ研では、ペアプロなどのイベントにも顔を出してみたいと思っています!
平山:今後は、例えばGoogle カレンダーには入れられない高度な個人情報も管理できるデータベースをつくりたいです。例えば、「患者さんからの相談件数や内容を一目でわかるものをつくれないか?」と相談をもらっています。みんな、できないと思っていたものが意外とできるのだとわかると、興味を持って話を聞いてくれるんですよね。ツールづくりと業務改善を、仕事のかたわらで進めていこうと思います。