地域の仲間と一緒に、コミュニティ「こすぎの大学」を運営している岡本克彦さん。スタートはなんと2013年。長く続くコミュニティの秘訣はどこにあるのでしょうか。タカハシノリアキが、じっくりお話を伺いました。
※本記事は、2024年10月20日、Voicyチャンネル「『働く』の価値を上げるスキルアップラジオ」で行われた生放送の内容から制作しています。
月に1回の開催で、11年以上続けてきたソーシャル大学
タカハシ 岡本さんは、川崎市・武蔵小杉で「こすぎの大学」という地域コミュニティを企画、運営していると伺いました。こすぎの大学はどんなコミュニティなんですか?
岡本 僕たちのこすぎの大学は、大学という名前がついていますが正式な大学ではなく、いわゆる「ソーシャル系大学」の1つです。ソーシャル系大学は、地元の地域に根ざして学びの場をつくり出すコミュニティのこと。運営主体は地域住民やボランティア、NPOなどさまざまです。2006年に開校した「シブヤ大学」や、2009年に開校した「丸の内朝大学」が有名ですね。
「こすぎの大学」は、僕が武蔵小杉に住んでいる仲間と一緒に運営しています。スタートは2013年9月で、毎月第2金曜日の夜にやっています。この間が145回目の開催でした。
長く続いていることを褒めていただくことも多いんですが、そもそも月に一度しかやっていませんし(笑)、運営メンバー5人が持ち回りでやっているので、1人当たりの担当回数はそれほど多くなく、ゆるやかな運営です。
タカハシ 月に1回だと、仕事や家庭があっても無理なく続けられてサステナブルですね。具体的にはどんな活動をしているんですか?
岡本 武蔵小杉に関わる人が誰かしら“先生”役として登壇して、30分くらい自分がやっている取り組みやそれに対する思いを語ります。聞き手は“生徒”役として、先生の話を聞いての感想や気づき、自分の生活に活かせそうなこと、応援する方法などを自由にシェアします。
参加者は30〜50代が多いんですが、2023年以降は、中・高校生が先生役になる回が増えてきました。この前は中学1年生の女子が、「起立性調節障害という病気で、どうしても朝に起きられず、学校に行けない」という話をしてくれました。本人は学校に行きたいのに、体がいうことを聞かないし、保護者からは「ちゃんと学校に行きなさい」と怒られると。起立性調節障害という病気を知ってほしいと、勇気を持って発表してくれました。
そうしたら、参加者の大人の中に「実はうちの子も同じ病気です」という方がいて。勇気ある発表に感動し、涙していました。こすぎの大学はこうやって、いろんなテーマで学びや共感の場になっています。
もう1つ面白かったのは、人見知りで初対面の方と挨拶するのが苦手だという方が、名刺交換の代わりに手品を披露しているという話です。手品で相手の興味をひいて、それをきっかけに距離を縮めているそうです。
こすぎの大学では、その方の話題提供として、実際にみんなの前で手品をやってもらいました。ものすごく盛り上がりましたよ。後でわかったんですが、その方は実はプロの手品師で、しかも手品業界の有名人だそうです。こすぎの大学には、こんな驚きの出会いもあります。
武蔵小杉と聞いて、地域のみんなの顔が思い浮かぶようになった
タカハシ 「大学」という名の通り、まずは先生役の話がベースになるんですね。取り組みのジャンルやキャリア、経験など関係なく、何かしら話題を提供できる人なら誰でも先生をできるというのは面白いですね。
そして、生徒役の方々からのアクションや、みんなのディスカッションが豊かに盛り上がりそうです。同じ境遇の人と知り合って、共感できたり話ができたりするのもすばらしいなと思いました。毎月、どうやって先生役を決めているんですか?
岡本 運営が先生役を指名することはありません。授業が終わった後に居酒屋で打ち上げして、「次はあなたの話を聞きたい」「こういうことが得意なんだね」という会話の中で、数珠つなぎ的に決めています。
先生役が次の開催時には生徒役に回ることも、その逆もあります。何しろ145回も続けてきたので、自分の街には何かしらの話題を提供できる人がこんなにもたくさんいるんだということに気づきます。
前は武蔵小杉といったらタワーマンションやららテラスが思い浮かびましたが、こすぎの大学をやるようになってから、地域に住んでいるみんなの顔が思い浮かぶようになりました。自分の住む街ですから、建物をイメージするよりは、知り合いや友達、何か話せる人、一緒に笑い合える人をイメージしたい。それってすごく豊かなことだなと思うんです。
タカハシ 素敵ですね。地域コミュニティならではの魅力だと思いました。それに、運営の型が決まっているから、スムーズに進められそうですね。
岡本 最初からこのスタイルでやってきました。月1回開催という頻度も、先生役と生徒役を置く形式も、初回から変えていません。定番のフォーマットの上でやっているので、企画運営のメンバー5人が集まってミーティングする機会もほとんどなく、Facebookのメッセンジャーでやりとりしています。打ち上げでお酒を飲みすぎて約束事を忘れないようにしているくらいです(笑)。
「自分が住む街で、誰かとつながりたい」という思いがベースに
タカハシ 11年以上前に発足したこすぎの大学。そのきっかけは何だったんでしょうか?
岡本 きっかけは3つあって。1つは、街に知り合いがほしいと思ったことです。当時の僕は、家も勤務先も武蔵小杉で、毎日自転車で自宅とオフィスを行き来する日々でした。仕事では社内外のいろんな人と出会いますが、武蔵小杉という街には友達どころか知り合いさえいない状態。なんだか虚無感が生まれて、誰かとつながりたいと思ったんです。
もう1つは、当時僕が勤めていたNECカシオモバイルコミュニケーションズで、2010年ごろから「ムサコ大学」という社内コミュニティを運営していたことです。ムサコ大学は、会社にどんな人がいてどんな思いで働いているのかお互いに知ろうという狙いで始めました。NECは大企業なので、部門ごとの垣根や縦割り文化があり、それを壊したいと思ったんです。2年間続けて成功体験があったので、次は社外でコミュニティをやってみたいと思っていました。
3つ目は、コミュニティ活動の幅を広げたいと思ったことです。武蔵小杉は新しいマンションがどんどん建つ、再開発の激しい町で。住民同士の交流の場として、「こすぎナイトキャンパス読書会」というコミュニティがありました。課題図書を持って行きさえすればいいというゆるさが好きで、よく参加していました。そこで、こすぎの大学の運営メンバーと出会ったんです。読書以外のテーマにも活動を広げていきたいと思って、こすぎの大学を始めました。
タカハシ 新しい街だからこそ、住民同士を読書会でつなごうというチャレンジは面白いと思いました。僕が以前都内に住んでいた頃、地域に住んでいる周りの人たちのことはほとんど何も知りませんでした。読書会のような取り組みがあれば、知り合いが増えて地域のことも好きになれるし、毎日が豊かになりそうです。
関与する人が増えるほど、街の寛容性が高まる
タカハシ こすぎの大学の運営を通して、地域の仲間もコミュニティという居場所も手に入れた岡本さん。今後は、どんなことをやっていきますか?
岡本 実は、少し前にNECを卒業して個人事業主になりました。屋号は「KANYO DESIGN Lab.」です。KANYOはダジャレなんですが(笑)、関与と寛容をかけていて。関与する人が増えるほど街の寛容性が高まるという意味です。
例えば、ものごとが決まるプロセスに自分が関与していれば、思い通りの結果にならなくても「それもありだな、仕方ないな」と思えるようになりますよね。これからも、人が街に関与する機会を増やしていって、みんながもっと寛容になれる街をつくりたいなと思います。
こすぎの大学に関しては、運営メンバー5人それぞれの想いがあるので、これからも無理せず、ゆるく続けていけたらと思います。私、同じ地域コミュニティでも、町内会とか管理組合はあまり得意じゃないんです(笑)。コミュニティという自由参加の場が選択肢にあるのは素敵なことだし、それぞれが楽しめる場所で活躍できればいいなと思います。
タカハシ 自分の知らないところでものごとが動いたり決まったりすると、少し他人事になってしまう感じはありますよね。政治とかもそうだと思います。できれば一歩踏み出して、現場に参加したり周りの話を聞いてみたりできると、ものの見方が変わります。
岡本 声をかけてもらえる関係性って心地いいし暖かいですよね。僕はこすぎの大学を通して、地域に知り合いが増え、何かを話したり共有したりする相手をつくれました。強すぎない、適度な力加減でつながれる環境がすごく心地いいです。