人手不足にあえぐ建設業界…アナログな「杭打ち工事」を変える一手とは?

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ファンテック

人手不足が深刻な建設業界。現場の最前線を知るファンテック専務取締役の加藤さんと測建代表取締役の齋藤実さんは、ともに「杭打ち工事」の精度に課題を感じていました。そんな2人が見つけた、デジタルを使って建設現場を支えるための“打開策”とはーー。今や大きなビジネスチャンスになりつつあるという、その中身を取材しました。

右:加藤直史さん ファンテック 常務取締役
左:齋藤実さん 測建 代表取締役
右:加藤直史さん ファンテック 専務取締役
左:齋藤実さん 測建 代表取締役
<ファンテック社>
基礎工事全般を手がけ、主に杭基礎工事の施工と施工管理を提供している。1976年に加藤産業株式会社として設立以降、関西・中四国圏を中心に、有名テーマパークから文化・商業施設、工場、学校など幅広い案件に対応。業務には、建築設計関連も含めた高度かつニッチな知識、ノウハウが求められる。関連会社に三国産業株式会社(販売店)がある。

<測建社>
1997年創業。「安心できる 全ての人が」を理念に、測量という観点から、長年建設現場を支えてきた。その高い技術力が評価され、全国の大手ゼネコンの現場で数多く導入されているほか、国土交通省の新技術情報提供システム「NETIS」にも登録されている。

建設業は人手不足が深刻。“紙信仰”の功罪も

ーー建設業界は今、どんな課題を抱えているんでしょうか?

加藤 10年くらい前から、とにかく人手不足が深刻です。求人を出せばたくさん人が集まった時代は今や昔。僕の肌感覚では、求人を出している企業が30社あったら、求職者が3人いるかどうかというイメージです。ファンテックは高卒の初任給が年収380万円と、この業界ではかなり高待遇な部類ですが、それでも人が集まりません

齋藤 ファンテックと測建に限った話じゃなく、建設業界全体がこの状況です。例えば大阪なら2025年に大阪・関西万博があるし、東京にはタワーマンションがたくさん建っていて、やりがいを感じられる建設現場がたくさんあるはず。でも年々高齢化が進んで、利益が圧迫されていきます

加藤 建設業はいまだに、3K(きつい、危険、汚い)のイメージが強いからだと思います。確かに現場には危険な作業もあるし、手順を1つ間違えたら人が亡くなる世界ですから。

ーーデジタル化が進んでいないのも、課題の1つでしょうか。

加藤 不測の事態に備えて、確実なものを重視する文化があるんです。デジタル化の重要性は重々わかっているけど、データが飛んじゃったらどうなる? 現場でデバイスが故障したらどうしたらいい? と考えて、結局紙が選ばれる。1つのミスが大きな事故や損害に直結する仕事なので、とにかく“間違いないツール”として紙が使われています。

齋藤 僕がこの業界に入った31年前と今を比べたら、スマホもWiFiも広まって、世の中はずいぶん便利になりました。一方で、建設業の仕事のやり方は何も変わっていません

加藤さんのいうとおり、建設業は「紙こそ確実だ」という考えに囚われているから、DXが進まない。でも裏を返せば、確実さに強くこだわっているからこそ、素晴らしい建物を安全に建てられるんです。いわば、責任感が生んだ“紙信仰”なんだと思います。

建設現場で「杭打ちの精度を上げたい」悩みが噴出

ーープライベートでも仲のいいお二人。同じ建設業界で、それぞれどんな役割を果たしているんですか?

加藤 ファンテックは、建設現場で「杭」を地面に施工する会社。測建は、杭を正しい位置に打てるように測量する会社です。つまり、現場をともにする取引先同士です。

ビルやマンションなどを建てるとき、多くの場合は地盤の深く、だいたい地下40メートルくらいまで太い杭を打って、その上に建物の基礎を作ります。杭を打つことで地震や地すべり、地盤の沈みこみなどに耐えられる強い土台を作って、強い建物を建てるためです。

実際の建設現場。地下深くに杭を打ち込んでいる
実際の建設現場。地下深くに杭を打ち込んでいる

齋藤 もちろん杭を打つ場所がズレていたら大事故になるので、必ず正確な位置に、水平かつ垂直に打ち込まなければなりません。地面に印をつけ、それに合わせて慎重に打っていきますが、許されるズレは10センチまで。目標は2センチという繊細な作業です。

具体的には、杭から2メートル離れた場所に「逃げ芯」を立て、作業員が2人がかりで「逃げ棒」という棒を使って目視で芯からの距離を測り、重機のオペレーターが打っていくというアナログな方法です。複数の作業員が重機の近くにいる必要があるので、危険度も高いです。

加藤 万が一、打った杭が印からズレていたら、例えすべて打ち終わった段階でもすべてやり直します。単純に杭を抜いて打ち直すケースもあれば、杭そのものを作り直すこともあります。杭を作り直して打ち直す場合、杭1本を作るのと比べて3~4倍のコストがかかります。また杭を1つ作るのに約3カ月かかるので、時間のロスも甚大になります。

建てるのが商業施設にせよマンションにせよ、工期が遅れれば多額の違約金が発生します。だから、1つもミスがないように、すべての工程を慎重に進めないといけないんです。

ーー杭打ちはすごく重要な仕事。どんなに人手不足でも確実にやらないといけないわけですね。

齋藤 はい。測建では、自社で開発した「PM(パイリング・メジャーメント)工法」という高度な技術を使って測量しています。これは、杭打ちのズレをリアルタイムで把握して、数値で表示し重機のオペレーターに伝えるという画期的な技術です。ただし、使うには高額な機械と、ハイレベルな知識を持った担当者が必要です。

PM工法を使えば正確に杭を打てますが、機器が高価なうえに使いこなせる会社も作業員もとても少ないんです。先ほどのとおり人手不足がひどい状況ではとても拡大していけません。だから「PM工法をファンテックでもやってくれないか? ノウハウは全部教えるから! 」と、加藤さんに頼み込みました(笑)。 

加藤 でも、人手不足で苦しいのはファンテックも同じ(笑)。建設業の最前線にいる2社として、「杭打ちの精度を上げたいけど、絶対的に人手が足りない」という共通の悩みを抱えているとわかったんです。

PM工法を業界全体に広げるため、ハードルを下げる必要があった

ーー測建は、どうやってPM工法を開発したんですか?

齋藤 2010年ごろ、杭打ちの業者さんから頼まれたのがきっかけです。杭打ちの精度を上げたいから作ってくれないかと(笑)。地下に40メートルの太い穴をまっすぐ掘るなんて、そもそも難しい話です。測建は地上で測量する会社だけど、その気持ちに応えたいと思って開発しました。

ただ、頼まれたから作ったまでで、年に数回使う程度。広く展開しようなんて思っていませんでした。販売にも壁があったので、何とか乗り越えながら商標登録したり特許を取ったり、国土交通省の認可を取ったり地道に活動していたんですね。

そうしているうちに、神奈川・横浜でマンションの強度不足の事故が起きて。原因が杭打ちデータの改ざんだったことから、杭打ちの精度を上げる重要性が全国的に注目されたんです。それまで市場が存在していなかったブルーオーシャンの商品ですから、一気にたくさん引き合いがきて、とてもさばききれないくらい……。

もちろんありがたい話ですが、PM工法を正しく扱える作業員も会社も少なくて、売るに売れない苦しい状況になりました。このジレンマを解決したくて、加藤さんに悩みを打ち明けて、道連れ的に(笑)頼みこんだわけです。

ーーPM工法はハードルが高いんですね。

齋藤 PM工法で使う機器は、1台あたり約400万円。売り手としては、当然大きな売り上げになります。年に1、2回売るぶんにはそれでよかったんですが、業界全体に広げていくなら、こんな高額商品では無理です。みんなが買える価格帯にして、参入障壁を下げて、標準化したいと思いました。

またPM工法を扱うには、資格が必要です。職人は「先輩の背中を見て覚える世界」といわれてきましたが、時代は変わりました。座学と実地教育をみっちりやって、十分にスキルを身に着けた人だけが扱えます。

ーーPM工法の展開に課題が残る中、お二人はどうやって打開策を探したのでしょうか。

齋藤 こんなに人手不足が激しくて、解消する見込みもない。それならいっそ、無人でやる方法を考えたいねという話になりました。3人でやっていた仕事を1人でやるんじゃなくて、0人でできる環境にしたい。「そんなツールがあったら面白いよね」ではなくて、「ないと、もうこの仕事を続けていけない」という危機感です。

加藤 飲食業界や小売業界、物流業界は、人がする仕事と機械がする仕事をうまく切り分けていますよね。建設業も同じで、100%の無人化を目指す必要はありません。人は人にしかできない仕事に集中できるように、デジタルを生かしていきたいなと思いました。

いずれにしても建設業界のために、変えるべき部分は変えていきたい。「精度の高い杭打ちを、無人でできるツール」を作ろうと話を進めていきました。

ーー現場のリアルな課題から、アイデアが生まれたことがよくわかりました。ありがとうございました!

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この記事を書いた人

さくらもえ

出版社の広告ディレクターとして働く、ノンプログラマー。趣味はJリーグ観戦。仙台の街と人が大好き。